63年後にスーダン政府が、イスラエルへのボイコット法を破棄

 スーダン政府は火曜日に、1958年に制定されたイスラエル・ボイコット法を破棄した。両国間の国交正常化同意の宣言がなされてから約5か月後になる。ボイコット破棄の発表と共にスーダン政府は、2国解決案の一部としてパレスチナ国家建設を支援しているという基本姿勢も発表した。

 ハルツーム政府の決定は、政府とスーダン主権評議会共同の閣議で最終承認へと持ち込まれる。政府と評議会は国内の内閣不在の場合、共に立法府として機能している。スーダン政府の決定は、両国間の関係の強化プロセスの一歩であり、トランプ政権下のアメリカ政府が主導した「アブラハム契約」企画の枠内で、国交の正常化の決定後に起きた。

 ボイコット法破棄により、スーダンとイスラエルは法的な制限もなく、様々な分野で両国間の関係を拡大することが出来る。63年後に破棄された法律は7項目含んでおり、その目的はイスラエルとスーダンとの全関係を防ぎ、個人的又はビジネス的な関係も含まれている。この法律を違反する者は、10年の懲役または多額な罰金が課される恐れがあった。

 国交正常化後にスーダンを訪問したエリー情報大臣は、スーダン政府の決定を祝福した。「両国間の和平条約に署名する為に、重要で不可欠な一歩である。両国間の協力は、イスラエルとスーダンに支援となり、この地域の経済開発に有効となる地域治安安定化にも貢献する。スーダンはアフリカの重要な国の一つであり、彼等との和平条約は我々の国際社会の立場を強化し、両国の安定と発展に貢献する」と発表した。

 イスラエルとの正常化プロセスの枠内で、27年を経てアメリカは12月にスーダンをテロ支援国家リストから削除した。スーダンはテロ被害者に補償金を支払うことに同意した。1998年にケニヤとタンザニアのアメリカ大使館で起きたエルカイダの襲撃事件と、2000年にイエメン沖に停泊していたコールアメリカ駆逐艦へのイスラム原理組織の攻撃による被害者と遺族に対し、3億3千5百万ドルを支払うと発表した。これらの襲撃事件は、当時の独裁者であったオマルが、アルカイダの指導者ビンラディンをスーダンへ避難させた後に起きた。

最新記事

すべて表示

エルサレムで衝突の夜:数千人のパレスチナ人が暴動、数十人の警察官が神殿の丘に突入

ラマダンの断食終了後に、神殿の丘とシェイフ・ジャラフ居住地で暴動が発生した。数十人の特殊パトロール部隊警察官達がエルアクサ寺院の広場に突入し、ショックグレネードで数千人のパレスチナ人達を解散させた。パレスチナ側の主張では、警察官が神殿の丘に突入した後に暴動が開始し、警察側では現場で暴動が起きたために突入したと主張しているが、祈祷場所へ部隊を突入させた理由は述べていないとしている。 激しい衝突は幾つ

イギリスもイスラエル人に再開:隔離免除で訪問

イギリスは先日、5月7日から余暇の目的の国際線を再開すると通知し、不必要な海外渡航を禁止して数か月後、イスラエルを含んだ12か国のグリーン渡航先リストを発表した。このリストに含まれている国々の市民は、イギリスへは隔離免除で入国可能となっており、これらの渡航先に行くイギリス人も帰国時に隔離が免除される。 イスラエル以外にこのリストに含まれている国々は、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、

マサダ訪問

イスラエル独立以前から、青少年グループはマサダに登り、「マサダは二度と落とさせない」と周りの崖に向かって叫んでいた。つい最近までイスラエル軍でも現地で式典を催し、イスラエル人や海外のユダヤ人の多くの家族が、山頂で成人式を行うことを選んでいる。今日でもマサダ山頂にある巨大な貯水槽の壁にはオリジナルのグラフィティを見ることが出来、1943年にマサダからヘブロンへ向かった働く青少年グループの70人が徒歩