50年後には塩の水溜りになる(後編)

 フッサム・ハラク氏50歳エルサレム在住。死海北部にある家族経営のThe West Bank Salt Companyのオーナー。

 「この地域では三代目だ。子供の頃は海の近くに立ち、石を投げていた。今海岸線は1.5km程遠ざかっている。水に石を投げるには大砲がいる。当時は数メートル歩けば泳げたが、今では車が無いと辿り着けない」。

 「工場はリド・ジャンクションから東へ1.5km程の場所にあり、モーシェ・ノボマイスキー氏が1929年に初めて建設したカリ工場の近くだ。1950年代末期のヨルダン時代には、祖父は”アラブ・カリ会社”の経営者で、イスラエル人がしたように死海からカリを抽出していた。父はチーフ・ケミカル・エンジニアとして同じ会社に就職し、今日工場がある場所にカリ製造パイロット工場を建設した。イスラエル人が1967年に占領した時には、父の工場は破壊されて売り払われた。しかし我々はイスラエル軍と契約を結び、食塩製造工場として残ることが出来た。現在食塩は西岸地区、ガザ地区やイスラエルにも販売しており、海外の5か国にも輸出している」。

 「工場からノボマイスキー氏の破壊されたカリ工場の波止場が見える。現在その波止場は死海から1.5km程離れてしまっている。毎年約24m水を汲み上げるポンプ用のパイプを延長しなければならず、80㎝程深さも必要となる。これは高いコストがかかる。大きなモーターや強いポンプを購入する必要があり、電気代もばかにならない」。

 「地中海の海水を淡水化してヨルダン川を回復させる。それによりガリラヤ湖もヨルダン川も回復させることが出来る。地中海からガリラヤ湖まで50kmの距離しかなく、Red-Deadではアカバ湾から死海まで200kmもあるからだ」。

 「驚くべきことは今でも死海への水を汲み上げている事だ。エイン・フェシュハの泉の水も灌漑用に利用しようとしている。政府は死海をどうしようと叫んではいるが、この結果は彼等の政治の結果だ。死海は皆の文化の重要な一部である。誰が死海を嫌う?死海が無くなれば誰が苦しむ?人間だ。人道的な観点からこの問題を見れば、修復することが簡単になるだろう」。

 イタイ・マオール氏33歳キブツ・カリヤ在住。カリヤ・ビーチ責任者で、水エンジニアの博士号習得。

 「キブツで育ち、両親はキブツ創設者の一員であり、死海でずっと生きている。小さい頃は父がいつも死海周辺の旅行に連れて行ってくれた。父はバイオケミカル学者で、アハバー死海化粧品会社のチーフ・サイエンティストだった。母は荒野と死海開発局の責任者であった。自分はエルサレムで学んでいた2年間以外はずっとここで生活している。観光分野で経験は無かったが、ビーチの運営の為に戻って来た」。

 「カリヤ・ビーチはウオーター・パーク・アトラクションの一部で、キブツ・カリヤ、キブツ・ベイト・ハアラバーとキブツ・アルモグの共同経営であり、小さい頃はいつもここで遊んでいた。パークは2001年に閉鎖し、第二次インティファーダでイスラエル人がここに訪れるのを怖がったせいだ。カリヤはビーチを引き継ぎ、キブツの重要な収入源となった。世界中から観光客がやってきて、主に福音派のグループが多かった。イスラエルを訪問する観光客の50%は死海を訪問し、その内の30%はこのビーチに来る。2019年には約80万人の訪問客がいた。イスラエル人やパレスチナ人などの現地人も遊びに来る場所だ」。

 「毎年死海が死んでいくのを見ている。今日水位はマイナス434mで、子供の頃はマイナス411mであった。毎年1.3mくらい水位が下がっており、海岸線が毎年20mほど遠ざかっていく。毎朝点検していると、先日作った階段がもう水際から遠ざかっているのが見えたり、突然新しい海岸線が現れていたりする。我々も虫の息の状態で、可能な限りビーチを利用しようと試みている。大きな投資も出来ず、遠ざかるビーチを追いかけているだけだ。1995年に建てられたライフセーバーの見張り台は記念碑のようになっている。入口の施設からビーチまで歩くのも相当の距離になってきた。数年前から足の悪い人達ように電気自動車のサービスを提供していたが、現在では全員を対象にしているほど距離が長くなった」。

 「死海は国内でエルサレムとマサダに次いで3番目にポピュラーな観光地となっており、ガリラヤ湖より有名だ。しかし政府にとっては死海北部より、工場やホテルがある南部だけに力を入れている。国の金は殆どがホテル地域である南部に集中し、8億シケルのコストで新しいビーチが作られたが、死海の訪問客の30%は北部に集中している。人工的な死海南部が存在しているのも、自然の北部が水を流しているからだ」。

 「解決策は地中海の海水を淡水化してガリラヤ湖からヨルダン川に流し込むことだ。死海の水不足の約30%の責任がある、死海工業やヨルダンの工場も活動制限する必要がある。水の減少をまず止めてから地域回復に臨むべきである」。

 マルビン・ブラオ氏63歳、1985年からキブツ・ミツペーシャレム在住。キブツのナツメヤシ畑の灌漑責任者。

 「イスラエルには1964年に家族と共にイギリスから帰還した。街中が好きという訳でもなく、土が好きだし入植にも興味があった。若いキブツを探してみたら、ミツペーシャレムが生まれたばかりだった。現地を開発しながら一緒に成長が可能な場所を探していた。喘息持ちでもあるので、乾燥した空気は最適であった。この地域が好きになり、景色にも惚れた。キブツは死海の近くで両側にワジが流れており、背後にはそびえ立つ崖がある。キブツの生活と騒々しい都市から離れていることが良かった。時々水道と電気の中断があり、病気の時には病院まで時間がかかる。年を取れば余計に気になって来る。洪水が起きたら完全に孤立してしまうのは少々困ってしまう」。

 「このキブツの主な収入源は農業、工業と観光だ。ここに来た時には100エーカーのナツメヤシ畑しかなかったが、現在では1000エーカー以上だ。死海地域でナツメヤシを植えたのはこのキブツが最初であった。それ以外にはスイカ、メロンやバジリカの栽培もしていたが、陥没穴の出現により違う場所へ移転することを余儀なくされた。陥没穴は90号線にも近づいてきており、ナツメヤシ畑にも脅威を与え、畑を拡大することも不可能となっている」。

 「アハバー死海化粧品のこうk上は1985年に設立されたが、キブツ・エンゲディに移転される予定だ。ミネラル・ビーチは駐車場に空いた陥没穴のせいで2014年に閉鎖された。とてもポピュラーなビーチで、マサダに向かう観光客が立ち寄り、毎年約25万人が訪れ、イスラエル人も数万人訪れていた。ビーチの封鎖はキブツに経済的な打撃を与え、収入は30~40%も減少し、キブツでの労働状況にも影響を与えた。7人のキブツ・メンバーが職を失い、約20人の周りに住む住民も職を失った」。

 「ビーチが閉鎖されてから、政府はある程度の金額を投資することが決定し、道路の西側に観光施設を建設する許可を得て、将来新しい施設を建設する予定だ。200エーカーのナツメヤシ畑もキブツの北側に許可され、現地を準備している最中だ。キブツへの補償は想定内だがバンドエイドのようなもので、死海の水位低下の問題には何も解決となっていない。センサーシステムによって、リアルタイムで何処にいつ陥没穴が出来るかも分かるようになったが、根本的な解決が無い限りこの現象は拡大するだけだ」。

 「何故政府は何もしないのか?答えは簡単だ、金。死海を救うには大金が必要で、政府の優先順位には無い。ここは郊外だ。陥没穴は美しいし素晴らしい。毎週土曜日に写メを撮りに行っているほどだ。しかし被害は多大で再生不可能だ。残念だが90号線に陥没穴が開いてバスでも落ちない限り、政府は目覚めることは無いだろう」。

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