2千年前にイスラエルの海岸線の水位が劇的に上昇

 約2千年前に200年間かけてイスラエルの海岸線となっている地中海の水位が2m上昇した。このような結果が、ハイファ大学とサンディエゴ大学の研究者達が実施した国際研究チームの新しい研究によって明らかになり、PlosOne誌に掲載された。歴史上でこれほど短い期間に、これほどの劇的な上昇の証拠がとなる初めての結果である。「今日から200年かけて2m上昇したことを考えると、テルアビブの海岸線は消滅し、都市部の殆どが水没し、海岸線の全都市が同じような状況となる。これが我々が発見した、約2千年前の地域住民達が経験したことである」と研究チームリーダーで、ハイファ大学レカナッティ海洋学習研究所所長のアサフ教授は語った。

 今回の研究では、前の時代の海岸都市に対する海水の上昇の影響について調査し、上昇による海洋インフラと海岸線の消滅過程をたどり、研究者達は紀元前約1,800年の中期青銅器時代から西暦約200年のイスラエルのローマ時代まで港湾都市として存在していた、特にテルドールでの発掘に集中した。ハイファ大学、サンディエゴ大学、ボロニア大学と地質数学イタリア国立ボルカニー研究所の研究者達は、海面と海中の港町の様々な建物を調査した。

 中期青銅器時代からヘレニズム時代までの700年間は、許容範囲の上昇である約1.5mの海水の上昇を発見したが、紀元前200年ころから急激な上昇が発生して約2m上昇した。「歴史上このような上昇を見たことがない。これは氷河期末期に知られている上昇であり、多くの氷河が溶けた。今日地球温暖化の危険性や、異常気象でも21世紀末までに約1mの穏やかな上昇と予想されている。しかしこれの約2倍の上昇率を発見し、今日ではとても危険なものである」と、研究に参加したサンディエゴカリフォルニア大学のトーマス教授は語った。ハイファ大学レカナッティ研究所のドリット教授は、「鉄器時代から今日までの我々の地域の水位変化を調査した初めての研究であり、水位の変化に関する証拠は全く存在していなかった」と付け加えた。

 この劇的な上昇はどのようであったかをヤスオール教授は語った。「ドール鉄器時代の城壁や海への門が海中で発見され、勿論陸地にあったに違いない。これらが建設された時には、今日の水位と比較して低い位置にあったことが分かる。それに反して、ローマ時代の海につながっていたプールは、今日でも海からの水を受けており、今日の水位と変わりない2m高い水位となっている。ドールで発見されたヘレニズム時代の井戸や建物は、鉄器時代の他の遺跡と同様の水位の高さとなっており、ローマ時代と比較すると非常に低いため、ローマ時代までの上昇が急激であったことが分かる」と説明した。

 歴史的、考古学的な証拠により研究者達は、イスラエルのヘレニズム時代の海岸都市の一部は、ヘレニズム時代末期から紀元前30年までのローマ時代の間に、衰退又は撤退を経験したと伝えている。「アッコーやその他のヘレニズム時代の町で衰退が起きた証拠を発見し、当時の住民達は建物全体が海の中に入っていくのを見て、海水の急激な上昇を確認したが、新しい状況に慣れなかったのがほとんどのケースであった」と、研究に参加したハイファ大学歴史家のギル学者は語った。

 前述のように、今日までこれほど短期間でこれほど劇的な上昇が記録された歴史は今までに観測されていない。研究者達によると、この特殊な現象の原因を特定することは困難だとしている。「海水の上昇は、この付近の地域でも同様の現象が起きたことにはならない。この劇的な上昇により、ほかの場所では水位が低下したかも知れないからである。現段階ではこの現象を説明する特別なイベントは無いが、これはとても明確な意味を持っている。地理学、経済、生活がヘレニズム時代とローマ時代の間で、これらすべてが比較的短い期間で極端に変化したことである」と研究者達は語った。

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