10歳少女がマサダで2千年前のコインを発見

 10歳のノア氏が2週間前に家族と一緒にマサダに上る為に朝4時に起床した時に、まさか新しい考古学発見をするとは予想もしていなかっただろう。毎年マサダには百万人以上の人達が訪れる、イスラエルで最もポピュラーな遺跡であり、百万人の人達が見つけなかった物を見つける可能性はゼロに等しいが、家族旅行の途中でノア氏は2千年前のコインを発見し、ユダヤ人のローマに対する第一次反乱時代のものと考えられている。

 「日の出旅行をしたかったのでアラッドに一泊し、早朝に起床してローマの斜道から山頂に上った」と父親のツビ氏は語った。「朝の祈祷を終え、朝食を食べて観光していた」。訪問中にノア氏の弟が足を切ってしまい、父親が手当てをしている時に彼女と妹と一緒に陶器の破片の山で遊んでいたが、突然丸い物体を発見し直ぐに古代のコインだと判明した。

 「以前エルサレムのツーリーム・バレーの土砂ろ過プロジェクトに参加したことがあって、そこでコインを見つけたこともある。コインにアッシリア語が書いてあるのが確認でき他の時代のコインとも相似していたので、マサダの責任者を呼んでコインを手渡した」とノア氏は語った。コインは考古学者達へ洗浄と調査の為に送られ、このコインがいつ鋳造されたのかなどの調査はまだ終了していないが、第一次反乱時代のコインだということが想定されている。

 「ノアはとても興奮し、とても特別で驚きでもあって、家族もとても喜んだ。誰かが見つける為にこのコインは2千年間待ち続け、それがノアであったのは素晴らしいことだ」と父親は語った。

 第一次反乱はユダヤ人のローマに対する反乱で、西暦55年から開始して西暦73年から74年に終了した。反乱初期から西暦70年に第二神殿が破壊されるまでの5年間は、古代ヘブライ文字が刻印された解放コインが鋳造された。これらのコインは、ローマへの反乱のシンボルともなった。エルサレムではこのようなコインが約1千枚発見されており、マサダでは2千枚以上発見されている。反乱後期の年代のコインになればなるほど、とても希少な発見物となっている。例えばマサダで発見された全てのコインの中の19枚だけが、反乱4年目のものであった。ノアが発見したコインは何年に鋳造されたのかを考古学者達は調査している。

 「反乱末期のコイン鋳造は、次世代に刻印を残す為であって硬貨として使用されたかは明確ではない」と、自然国立公園局の南部地域遺産分野責任者のオーリット氏は語った。「幾つかの情報を含んでいる小さい鉄の破片が、第一反乱時代に関連した時代の全体を教えてくれるのは素晴らしいことであり、西暦73年に陥落したマサダに凝縮されているとなると、もっと興味深い話があると思われる」とも語った。

 オーリット氏は、責任を持って直ぐに係員にコインを手渡した家族を称賛している。コロナの影響で長期間遺跡は封鎖された後で、今回のコイン発見が訪問者の興味をそそるのではないかと願っている。「とても異常な時期で、耳鳴りがするような静けさであった。マサダは通常1日で約7千人が訪れるが、今回は100からゼロにまで減少した。長い封鎖後に家族が訪問し、このようなコインの景品を受け取ったのは嬉しい限りである」とオーリット氏は付け加えた。

 

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