1万2千年前のガリラヤ湖付近で食べられていた物

 ヘブライ大学とコネチカット大学の研究者達が、エン・ゲブ川Ⅱの先史時代の遺跡で行った新しい調査で、1万2千年前の原住民たちの食料事情を明らかにした。調査結果はArchaeological and Anthropological Sciences誌に掲載された。

 今回の調査は、ガリラヤ湖の東約2kmに位置するエン・ゲブ川Ⅱのナトゥーフ文化の村の発見をベースとしており、当時レバントで最大の淡水源と考えられていた。今回の調査によると、原住民達は特定の種類の動物を意図的に食べる選択をしており、主に鯉やガチョウなどの釣りや鳥の狩猟に熟知していたことが明らかになった。また文化的・社会的ニーズのために、動物の皮を加工していた証拠も発見されている。

 コネチカット大学ナタリー教授は、当時ガリラヤ湖には19種類の魚が生息していたと説明し、最大の魚はナマズであったと説明した。また研究者達は、ヨルダン渓谷上部は渡り鳥の飛ぶメインコースであり、ガリラヤ湖周辺の様々な季節の種類の鳥が集まって来る。先史時代遺跡では、ガリラヤ湖から現場に持ち込まれた魚類の98%は鯉科の3種類の大型魚(鱗ヒムリ、長頭ヒムリ、イスラエル・カボエタ)で、水鳥の96%はガチョウの種類(グレーガチョウ)であった。

 ヘブライ大学計算考古学研究所所長で先史考古学学部のリオール教授は、発見物は居住地に持ち込んだ動物の種類は、ナトゥーフ文化の村の住民の厳格な選択を示していると説明している。「遺跡での発見物は、ナトゥーフ文化と新石器時代文化の境目に関連しており、人間は農業へ移行して村のような恒久的な定住をし、もはや狩猟民族として生活していなかった。同じ地域の他の遺跡では、古代の人達は周囲にいた魚、哺乳類や鳥などの産物を食していたのに対し、エン・ゲブ川の遺跡では住民は特定の種類の魚と取りだけを食していたのが判明している。彼等は自分達の好きな魚を釣る為に、ガリラヤ湖まで2kmも歩くことを優先し、近くを流れる川だけに満足していなかった。原住民達は自分達の好きで良く知っている食べ物を、何度も何度も優先していたようだ」と語っている。

 エン・ゲブ川Ⅱの住民の特定した種類の集中した再選択は、研究者達によると最大の種類だけではなく、とても決まった食料を優先していたことが分かると説明している。研究者達の想定によると、このような選択は特定の文化的優先を羽根井している可能性があり、例えばガリラヤ湖で最大の魚であるナマズは比較的釣りやすく、ただし明らかにナマズは釣られていなかった。

 先史時代の遺跡では古代の釣り針は発見されていないが、漁業の網の重しとして利用されたと思われる、周りに糸を結ぶことが可能となっている、平均約56gの重さで特殊な形をした石が22個発見されている。

 遺跡で発見されたものは、狩猟された動物はそのまま運ばれたのではなく、狩猟場所で解体されて居住区に運ばれていたことが判明している。様々な種類の魚では、食べられない頭の骨が殆ど発見されておらず、ガチョウに関しては胸肉や手羽先などの肉が多い部分の骨だけが主に居住区に運ばれたようだ。「狩猟地や釣り場で動物の加工がなされた。古代の人達は利用価値の無い部位は切り取った為、居住区ではそれらの部位は全く発見されていない」と説明している。

 猛禽類のような食用ではない種類では、飾りやシンボルとして利用された足や手羽先の骨しか見つかっていない。「これは当時、漁師、猟師や文化的・儀式的シンボルを作成する様々な分野の専門家が出現し始めたことを証明している。原住民達は寒い季節にも何も心配せずに外出し、現地で優先されていた動物や食料を調達することが出来た」とナタリー教授は説明している。

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