非公式な祭日(中編)

3.女性祭

 テベットの月1日目、チュニジア、トリポリ、ジェルバ、アルジェ、テッサロニキ

 「イッド・エル・バナット」、女性祭は主にチュニジア、リビア、ジェルバ、モロッコ、アルジェリア、トルコとテッサロニキのユダヤ人会衆がお祝いするが、イスラエルへ帰還してから殆どその習慣は失われてしまった。この祭日の起源は長いユダヤ人の歴史の一部の伝統と関係しており、一つはエズラ記でイスラエル民族の女性との結婚が許可されたこと、又はエステル記のエステルが女王になった日(伝統ではテベットの月1日目)であるとも言われている。

 またギリシャに対して反乱を起こしたハスモン家の兄弟達の火付け役であったのは、マティティヤフの娘であったハナであり、アッシリア軍隊隊長を誘惑してその首を切り落としてユダ部族を助けたイェフディットなど、ユダヤ教の話には女性が多く関係しているものもあり、世界中の女性の善行を思い起こす日でもある。

 女性祭では何をお祝いしているかというと、主に女性同士の関係や喜びをお祝いする日である。女性のみが集まり、乳製品を食べる。ギリシャではヨム・キプールのように相互に和解し合い、ジェルバ島では良い相手が見つかるようにと独身女性のみのお祭りでもあった。

 一部の地域では女性はシナゴーグに集まり、祈って聖書に口づけする。他の地域ではお互いにお菓子を配り合い、女の子のバット・ミツバ(成人式)をお祝いし、最後に女性が聖書に口づけをする。このお祭り自身は、イスラエルの地がギリシャ支配下にあり、政治的や宗教的にユダヤ人が弾圧されていたことへの勝利を表している。ハヌカ祭に関しては男性のダイナミックな話しか語られないが、女性祭では女性の強さ、賢明、知識と仲間意識の奇跡も表している。

 エステル、イェフディットやマティィヤフの娘も勇気と自己の犠牲を持って行動したことがこのお祭りでお祝いされる。自分の民族の為に自身の危険を顧みず、困難を目の当たりにして賢明さでそれを乗り越えた。エステルはハマンから民族を救い、イェフディットは自分の美貌を利用して銀隊長のホルポネルノスの首を落としてユダ部族を救った。イェフディットという名前もユダという名前の語源で、ハヌカ祭の話であるユダ・マッカビーの勇敢さと彼女の勇敢さを重ね合わせているという解釈もある。

 マティィヤフの娘ハナは、イスラエルの女性の処女をギリシャ統治者に捧げなければならない「初夜の権利」に対して立ち上がった。彼女の兄弟が黙っているのを見て彼女は自身の花嫁衣裳を裂き、彼女とユダヤ人女性への屈辱を復讐するように兄弟へ命令する。この事件がハスモン王朝時代のハヌカ祭の日に起きた「女性祭」の始まりとされている。またこの祭日を他の女性の英雄、デボラやヤエル、アシェルの娘サラフ、ハンナと7人の息子達やラビ・メイールの妻ブロリヤなどと結び付ける人達もいる。

 この祭日の思い出を現在のエステル氏が語ってくれた。「生まれ故郷であるチュニジアのソカル・カミスでは、バット・ミツバに達した女の子達が白い服でシナゴーグに集まった。会衆のラビでもあった私の祖父が、両手を皆の上に広げて特別な祈りである「ミー・シェバレフ」で祝福した。祝福後に各自が神の箱に近づいて口づけをする。聖書解釈ではラビが、女性にはヤエル、ハナ、イェフディット、ブロリヤやエステルのようなリーダーと成長できる可能性と強みがあると説明してくれた。その後に友達の家に集まり、一人ずつ握手しながらお互いの許しを請い、和解した後に皆でハグし合う。和解後にお互いにプレゼントを贈り、その中から10分の1を貧しいものに施す」。

 「住んでいた通りの端に子供がいないマダム・コーヘンが住んでいた。女性祭の夜に行われる歓喜と感謝の夜に、独身女性全員を自分の家に招き、彼女のパーティーに参加すると良い相手に恵まれるという事を言い聞かせていた。マダム・コーヘンが私をそのパーティーに忍ばせてくれたこともある。部屋の隅に座って参加者を一人ずつ観察していた。誰が美しいとか何を着ているかとか。独身女性達は最初は部屋で踊っているが、歓喜の余り外庭にあふれ出し、それを窓やベランダから見ている母親や祖母達が歓喜の声を出して祝福していた」。

 また女性祭では、男性の婚約者が将来の結婚式の為に女性にプレゼントを買い、お祭りの前夜祭にそれを渡す習慣もあった。特にこの習慣はチュニジアとモロッコで行われていた。前夜祭の日の午後に女性の家族がお菓子や蜂蜜などで一杯のお盆を男性の家族へ持って来る。夜になると男性が女性に香水、ジュエリーや服などのプレゼントを持って来る。チュニジアではプレゼントを籠に入れて飾って手渡していた。女性の両親は男性とその家族を夕食に誘い、ハヌカ祭のハヌキヤのロウソクを一緒に灯す。夜には二人の人生が一つになることを共同でお祝いした。独身女性の集会前に女性は伝統的なケーキ、主にハニー・ケーキを準備する。皆で集まってから若い女性達と老女達が聖書の学び、踊りや歌を共にする。また新月のロウソクとハヌキヤのロウソクも一緒に灯す。

 チュニジアとリビアの女性会衆派、日中に家事はしない習慣があった。ジェルバでは「女性の新月」とも呼ばれ、独身女性の日であった。パーティーは年内に良い相手が見つかることを祈願するためでもあった。パーティーへの準備はお祭り気分で、楽しい嬉しい日でもあった。食材を一緒に買ったり、それを一緒に調理する。夜は独身女性だけが集まって弁業、食事、歌や踊りを共にする。

 テッサロニキでは女性は一緒に集まって、相互の許しを請う。これは毎月新月の日に行っていた断食と許しを請う習慣がその起因となっていると思われる。


4.メリダ

 シュバットの月15日目、インド

 全世界のインド系ユダヤ人の間では、シュバットの月15日目は木樹の新年祭のみではなく、ハメリダ儀式を行う日でもある。それが何かはこれから説明する。

 彼らの伝承によると、インドのユダヤ人会衆の先祖は紀元前175年の木樹の新年祭の日にインドへやってきた。先祖達が乗った船がインドのムンバイ南部にあるコンカン・バレー沖で座礁したが、男7人女7人の合計14人のユダヤ人達が助かり、彼らはナオガオ村に到着した。彼らが救助された後に彼らの前に預言者エリヤが現れ、彼らの子孫はイスラエルに戻ることを約束してくれた。今日でもその海岸には、エリヤの馬車の馬が残した蹄の跡が岩に残されている。しかし聖書は海の底に沈んでしまい、彼らとユダヤ教との関係が途絶えてしまった。インドに定住した後に(ベジタリアンで牛が聖なる動物である)、現地の習慣を受け入れて、動物の代わりに会衆の女性が選んだ最も色とりどりの果物が犠牲として捧げられ、この果物の捧げものがメリダと呼ばれている。

 この祭りの参加者たちは、自然の中でその儀式が行われ、神に祝福と豊かさを祈り、調理された食事をとって、神殿に捧げられていた犠牲を記念して乳香に火を灯す。以前は第二神殿時代に行われていたように、「オッド・ベティ」香ばしいフランキンセンス樹脂を使用していた。食事が捧げる犠牲を象徴している。

 ハメリダ祭の為に家と家族を清浄化する。祭日当日には、アーモンド、ナッツとレーズンで豊富な甘いココナッツクリームかオイルに浸したセモリナの上に、挽いたカルダモン、バラ水、果物、ミルトスと花をトッピングした者を食べるのが習慣だ。近年ではメリダを「プッハ」荒い米粉で作ったり、イスラエルではライス・クラッカーから作ったりしている。

 メリダは丸い平らな鉄製のプレートに山盛りにされ、シナイ山を象徴している。メリダの上に選ばれた5種類の果物(ナツメヤシ、リンゴ、ブドウ、マンゴーやモモなど)を添え、一種類は土からの果物(バナナなど)を添えて最初に果物から食べる。このように食事中に三つの祝福の言葉、「ボレー・プリー・ハエッツ」(果樹への祝福)、「ボレー・プリー・ハアダマ」(土からの作物)と「シェヘフヤーヌー」(新しいものを祝福する言葉)を組み合わせている。

 一つ一つの果物の上にミルトスの枝かバラの花を添え、「ボレー・ミネイ・ブサミーム」(香料への祝福)を祈る。メリダが用意されると、母親が皆の前でそれを混ぜ合わせ、預言者エリヤに対して希望と成功への言葉を祈る。メリダを白い布で覆い、他のベジタリアンの食べ物も包んで自然に出る。インドでは野原やエリヤが現れた場所まで出て行っていたが、イスラエルに帰還してからはこの儀式をハイファのエリヤの洞窟で行うようになり、最近ではまた自然の中に出るようになった。

 家族は白いテーブルクロスで包まれたテーブルを囲み、家長の前に布で覆われたメリダを置く。その隣にジュースかワインを置いて祝福用として使う。最初の歌で神とエリヤにユダヤ人を助けてくれたことに関して感謝を捧げる。家長が二行歌うと家族が三度メインの歌を歌う。祝福の儀式が終わるとこれらの果物を広げ、その隣にメリダを添えて各自に配り、食事後に皆で自然の中で過ごす。香料の草木は一年中ポケットに入れてお守りとしている。

 メリダは家族が祝福と豊かさを求める限り行われる。しかし木樹の新年祭ではメリダ儀式のことを「平和への捧げもの」と呼ぶ。メリダは結婚、婚約、バルミツバ、軍隊への召集前、勉強や海外旅行への感謝の祈りとされている。「インド系ユダヤ人はお祭り好きで、特殊な幸福感を持っている。自分の母親はイスラエルのサッカーチームが勝利するように詩篇を読んだりする」とインド系ユダヤ人は語った。

 メリダの儀式は30分くらいだが、「これは儀式だけではなく、一緒に過ごすことが大切であり、時には夜中までずっと続けることもある。小さい時にはこの儀式がとても楽しくて、家族が一つになり、一緒に過ごした楽しい思い出しかない。大人は食べ、笑って、祈って飲んだ。子供達は一緒に遊び、部屋中を駆け回った。都市部の会衆の為のパーティーだ」とも語った。

 メリダの儀式は良いものを認識することでもある。我々の人生は祝福が必要であり、そのためには時々立ち止まり、考え、自分達の愛する者達に最善のものをお願いする。人生を豊富にするためのもので、感謝と希望によって実現される。自然の中に戻ることは心を開き、自然の果物や香料への祝福は、歓喜と感謝を表し、自然と自然が与えてくれる恩恵を守る我々の責任を思い出させてくれることだ。

最新記事

すべて表示

モーセ五書と23個の事実:あなたの知らないトーラー

聖書の最も長い書物はどれか?モーセ五書のセレブは誰?エルサレムに神殿が建設されたとは何処に記述?(ヒント:書かれていない)。イスラエルの民はエジプトのピラミッドを建設したか?(ノー)。トーラー伝授の日、及びモーセ五書朗読の完了と開始の日を記念し、聖書に関した興味深い事実をここに記してみた。 1.一番長い書物 モーセ五書の中で最も長い書物は創世記である。50章と1,533節から成り立っている。創世記

スーコット祭の習慣と律法

◎ユダヤ暦5,772年スーコット祭 開始時間(9月20日)と終了時間(9月21日) エルサレム 18:02、19:13 テルアビブ 18:19、19:15 ハイファ  18:12、19:14 ベエルシェバ 18:20、19:14 ツファット 18:12、19:12 エイラット 18:09、19:13 ◎祭日 スーコット祭は、ティシュレイの月の15日から23日、つまり8日間続く。第一日目(最初の祭日

大贖罪日とは?神殿時代から今日まで

以前では大贖罪日は、大祭司の務めとして聖別されたものであり、イスラエルの民の罪を許してもらう為であった。今日祈祷が犠牲を捧げる代わりとなり、心の中の務めとして聖別されている。 ◎ユダヤ暦5,772年大贖罪日(9月15日開始時間と16日終了時間) エルサレム 18:09~19:19 テルアビブ 18:26~19:21 ハイファ  18:27~19:21 ベエルシェバ 18:27~19:21 ツファッ