非ユダヤ人の町で発見された、謎の地下トンネル

 イスラエルでは長年、数百個の地下トンネルが発見されているが、主にユダ地方、ベニヤミンとサマリア南部に集中しており、ガリラヤにも数十個の地下トンネルがあることが分かっている。これらの隠れ場の共通点は、いつもユダヤ人居住地の地下に掘られている事であった。その為に、数十年前に異邦人の居住地であったテル・シューシャのゲバ・パラシームで地下トンネルが発見され、最近再調査されて驚きの結論が出された。異邦人居住地としては、とても特殊な地下トンネルであることが明らかになっている。この地下トンネルの再調査は、ツファットのアカデミック・カレッジのイノン教授とバルイラン大学のゼエブ教授を筆頭とし、この研究はテルハイ・アカデミック・カレッジのガリラヤ研究学会で今週発表されている。

 岩に彫り込まれた地下トンネルの隠れ場は、低く狭い通路で結ばれており、イノン教授たちの調査結果によると、古代の緊急時用としてユダヤ人達によって掘られたトンネルであったのではないかとのこと。反乱時又はユダヤ人達が迫害を受けたその他の時代で、命の危険性があった時の為である。

 ゲバ・パラシームの町の下に発見された隠れ場は、テル・アブ・シューシャの南西の端にあり、キブツ・ミシュマル・ハエメク付近の道路上にある。古代の隠れ場となっており、1983年にサフライ教授とミハ氏によって発見された。ここ2年間で洞窟研究家のイノン教授がこのトンネルを調査し始め、何故このトンネルがあるのかを理解しようとした。「これはユダヤ人の町ではなく、異邦人の町で発見された初めての地下トンネルであり、今でも我々の大きな疑問となっているのは、異邦人の町にユダヤ人が住んでいて、緊急時にこの隠れ場を利用したのか、又は異邦人の町に住んでいた異邦人が、緊急事態が起きてこのトンネルを利用する為に掘ったのかである」とイノン教授は説明した。「現在まで発見された数百個の地下トンネルは、1世紀の第二神殿時代のユダヤ人第一次反乱、又は2世紀の第二次反乱時代に掘られたものである。我々が知っているその他の緊急事態と言えば、4世紀のガロスの反乱が起きたことである」。

 ゲバ・パラシームの地下で発見された隠れ場は、少々手荒に掘られた特徴ある隠れ場である。個人の家から掘られ始め、今日では主要道路で終わっている。イノン教授達は、現在発見されている全長15mよりもっと長いものであったが、現地で舗装された道路により破壊されたと考えている。この地下トンネルがユダヤ人達の為であったのか、それとも異邦人の為であったのかという疑問に関しては、今後現地で予定されている発掘後に回答出来ることを研究者達は願っている。

 テル・アブ・シューシャは、長年発掘され続けてきた考古学遺跡であり、イスラエルの地のローマ時代に於いて、現地の生活に関して多くを学ぶことが出来る。地下トンネルの再調査以外に、去年の夏にも新しい考古学発掘が実施され、バルイラン大学考古学学部とパレスチナ研究学部のアブネル学者を筆頭とし、30人の学生達及びペンシルバニアのピッツブルグ大学のベン学者の協力と共に、当時の発掘では下部ガリラヤのユダヤ人居住地と異邦人居住地との間でローマ時代に行われていた、興味深い発見物や経済貿易に関する証拠などが発見された。

 テル・アブ・シューシャは、ラモット・メナシェとエズレル平原の境に位置し、エズレル平原の西側になる。。この丘は古代都市ゲバとされており、紀元前60年末のシリアのローマ総督の名前であったルシウス・マルシウス・フィリポスの名前をとって、ピリポ・ゲバと呼ばれていた。この町で鋳造されたコインにより、ローマ帝国で特定の地位を町が得ていたことが分かっている。

 ヨセフ・ベン・マティティヤフもこの町に関して言及しており、ヘロデ大王がこの町に騎兵隊を駐屯させ、「ゲバ・パラシーム」(騎兵隊のゲバの意)と名付けた。ヨセフ・ベン・マティティヤフによると、この町からローマ部隊と騎兵隊がユダヤ人の反乱軍と戦いに出たとも言及している。異教と異邦人の町であり、ゲバの名前が掘られている銅製の重しがいくつも発見されており、大理石の碑文にはアブダゴン・ベン・アレクサンダーという名前の人物が、「この町の第一市民」という称号が与えられたと記されている。

 「今回の発掘シーズンでは、テル・アブ・シューシャ全体の3か所を掘った。これらの発掘の最初の結果には、古代のある時代からローマ時代までの建築シーケンスが含まれており、ローマ時代の要塞や遺跡のセラミック・プロファイルもある」とアブネル学者は説明した。研究者達が最初に発掘した地域は、雨によって発見された城壁の上の北西の場所であった。この城壁の高さは6mにまで達している。「発掘中に城壁に隣接する穴埋め場を発見した。ここでは2世紀の陶器の破片も発見されている。テル全体の周りを囲んでいた城壁が現在発掘された形を作り上げている。発見された城壁は防衛上のものではなく、擁壁として建設されたものであると思われる」と語っている。2か所目は北東に位置している。高さ1.5mの入口とまぐさがある建物。まぐさにも壁画の一部が残り、その近くではとても綺麗なコリント式柱頭の破片が発見されており、この場所の豊かさの証となっている。

 発掘の3か所目はテルの南東でエズレル平原側にあり、キブツ・ミシュマル・ハエメクの真上にあたる。この場所では違う時代の2つの城壁が発見された。初期の時代では、閉鎖壁のように見え、城壁の中に部屋のようなものがあるが、正確な年代を決めることは未だ困難となっている。もしかすると紀元前1誠意以前のものであるかも知れず、ハスモン王朝時代又はヘロデ大王時代のものと考えられている。次の時代の城壁は、2世紀頃のものと想定されている。

 この発掘では75個のコインも発見されており、研究所で洗浄作業を終えてから、より正確な年代づけをすることが可能となる。

 「この遺跡で発見したセラミックの殆どの地層は、2世紀から4世紀の間のローマ時代となっている。また紀元前2世紀のセラミックも発見されており、旧約聖書時代のセラミックもほんの僅か発見された。興味深いのは、これらの時代はこの町は異邦人の町として考えられているが、遺跡で発見されたセラミックの殆どは、ハナニヤ村で製造された者であった。ハナニヤ村で製造された製品をローマ駐屯兵達が使用したことは分かっており、例えば台所用品やその他のキッチン用品であった。異邦人の町でセラミックを発見することは、下部ガリラヤのユダヤ人と敵対していたとされている異邦人の町と、ユダヤ人居住地との間で様々な貿易関係があったことを証明している。発見された物の中には”クラル”タイプの石器も発見されており、殆どが加工所で製造された足つきの大きな石樽の種類である。この製品はユダヤ人居住地の非常に典型的なものであり、これらの発見は下部ガリラヤのユダヤ人居住地と異邦人都市との関係性を証明している」と説明している。

 今回の発掘で発見されたそれ以外の発見物は、ローマ駐屯軍と関係しており、ローマ兵達が着用していた制服のベルトのバックルなどがある。研究者達によるとこれらの発見は、この町に住んでいた人達の事を学ぶことができ、一部はローマ退役兵のものであったとも考えられており、ここから約5㎞のメギドの麓にローマ第六軍団のキャンプがあった。

 ゲバの町は、ローマ時代に自身のコインを鋳造していた。これらのコインは、この町の住人達の忠誠心を教えてくれる。コインには、トルコ中央部のフリュギアで知られる月の神、マンの姿が描かれている。この地域でのこの神への信仰はとても特殊であり、マンが描かれているコインは多くは発見されていない。

 今回の発掘で発見された物は、今年で23回目となるテルハイ・アカデミック・カレッジで開かれるガリラヤ研究学会で展示されている。 学会の抗議では新しい研究が紹介され、ガリラヤの事に関する議題を様々な研究分野と関連拡大させている。歴史、地理学、社会学、農業、環境科学、教育、考古学、畜産学、経済学、安全保障と宗教だ。この学会は、4月25日から28日まで開催されている。

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