過去への旅:イスラエルで歴史的に興味深い道 


◎香料の道:ヨーロッパへのラクダの道のり

 eBayやアマゾンよりずっと以前に、古代の西洋諸国であったギリシャやローマでは、東方からの製品に興味を持っていた。「香料の道」は、重要な貿易の道の一つであり、アラビア半島南部から地中海のガザの港まで、全長約2千㎞の長さを走っている。この道にこの名前が付いたのは、主にミルラとフランキンセンスのスパイスのお陰であり、ラクダの隊商の背中に乗せて運ばれていた。商品の目的地は、ヨーロッパの神殿であり、神に捧げた犠牲獣によって起こる不快な臭いを消す為でもあった。

 「香料の道」の最盛期は、紀元前1世紀から西暦1世紀までであり、ヨルダンのペトラを首都としたナバテア人がこの道を独占していた。ペトラからこの道は西へ向かい、イスラエル国内のアラバーとネゲブ砂漠を横切り、ラモン・クレーターを横断して、ハルーツァ砂丘を通ってガザに通じていた。

 「香料の道」の遺跡は、2005年にUNESCOによって世界遺産として認定され、「香料の道:ネゲブの砂漠都市」という名で呼ばれている。この認定にはナバテア人の4都市が含まれており、アブダット、マムシット、ハルーツァとシブタであり、幾つかの要塞都市、隊商宿、マイルストーンや、古代の道の一部やその他の保存された遺跡がある。

 しかしつい最近まで、「香料の道」の重要な部分は一般公開されておらず、一部は演習地を通り、一部は閉鎖された自然保護地区にあり、一部は全く印がつけられていない。2018年2月に、この歴史的な道を歩く最初の旅が実施され、ペトラからアブダットの間の道であり、スデーボケル野外学校を筆頭とした。

 この度の途中で、ネゲブの失われた「香料の道」の一部も明らかになり、古代文字で記されたマイルストーンの発見がきっかけとなった。全長約7㎞に渡ってマイルストーンが設置されている部分は、ラモン・クレーターの端にあるマフメル要塞からガルフォン要塞の間であり、この旅まで全く知られていない部分であった。発見から2か月後に、自然公園局と考古学局の共同作業に於いて、現場から4個のマイルストーンが取り出された。

 現在パイロットの枠内で一般公開される部分は、封鎖されていた部分の2本の道を歩くことが可能となり、自然公園局のHPでデジタル登録した「旅許可証」が必要で、2021年11月1日から登録可能となる。道の状態を保守する為に、毎回歩ける人数が決まっており、それによって特別な体験を得ることもできるようになっている。

 パイロットで2本の道が選ばれたのは、ラマット・ニクロットの部分で全長約7㎞であり、もう1本はオメル川からモール隊商宿(元モアの遺跡)の部分で、全長約2㎞となっている。

 安全に旅行でき、自然と世界遺産を守る為に、旅行者は歩くことが許可された道のみを使用する指示に沿って行動することが要求されており、石を動かしたり、破壊や、通りに沿って出来た石の山に石を積み上げることも禁止されており、遺跡、建築物の壁や石の山を踏みつけることも禁止されている。

 「香料の道」で自由に歩くことが出来る部分はラモン・クレーターを横断している道であり、サハロニーム要塞からマフメル要塞までの部分である。全長は約10.5㎞であるが、キャンプ場や車でアクセスできる可能性などのロジスティックの観点から見れば、1日で全てを実行するには複雑である。

◎走者の道:マサダのローマ軍兵糧攻め

 西暦73年にマサダを最低半年間兵糧攻めにした時に、ローマ軍はこれより130年前にヘロデ大王がこの山頂に建設した要塞宮殿がある山の周りに、幾つかの軍キャンプを建設した。この兵糧攻めは、ローマ軍第10軍団の司令官であったルキウス・フレヴィウス・シルビア将軍が指揮し、彼の指令によって山全体が兵糧攻めの壁で包囲され、ツェエリーム川とアルゴット川から水を運ぶシステムも建設された。最終的には有名な斜道も建設され、そこを通ってローマ軍が要塞を陥落させた。

 各ローマ軍キャンプの間は「走者の道」でつながれ、キャンプ間の連絡網として使用された。連絡を伝える為に、ローマ兵士がこの道を走り、各キャンプに駐屯していた兵士達に情報を伝えた。この道は、他のローマ軍兵糧攻めのシステムや、マサダ山頂の遺跡のように、ユダの荒野の乾燥した気候のお陰で綺麗に保存されており、この道もトレイルとして印付けられている。

 マサダ国立公園の東側入口にある、ビジターセンターから歩き始めることが推奨され、ケーブルカーに乗って山頂まで行く。山頂の遺跡を見学した後に、「斜道」を通ってマサダの西側に降りていき、降りた地点で道が交差点となっているところを北側(右)に曲がり、「走者の道」として緑色の印がつけられている。この道は第5キャンプの遺跡の隣を通り、厚みが約2mの兵糧攻めの壁の遺跡に沿って走っている。この道の先には第6キャンプの遺跡があり、その後直ぐに急な下り道があって第4キャンプの遺跡に到達する。下った後の道の交差点を南側(右)に曲がり、「ヘビの道」に向かう赤色が付いたトレイルを歩く。この道は平たんで緩やかになっており、駐車場へとつながっており、途中で第3、第2と第1キャンプの遺跡を通っていく。

 この道では死海の美しい展望が出来、マサダを普段と違う角度から見上げることが出来る。この道は全長約3㎞であり、途中の急な下り道があることから健脚な人しか歩けない。また熱中症になるような暑い日には歩くことが出来ない。マサダ国立公園への入場は雄郎であり(大人31シケル、子供17シケル、ケーブルカー片道14~28シケル)、自然公園局のHPで事前に登録しておく必要がある。

◎城壁の道:トルコ兵のパトロール・コース

 エルサレム旧市街の観光は、城壁と門の一つから始まる。しかし少し色付けして、城壁の上から観光を始め、城壁の上を歩く道の二つのコースの一つを選択できる。現在の旧市街の城壁は、16世紀にオスマントルコのスレイマン大帝によって建設された。その後400年間トルコ兵は、門と監視塔の間の城壁に沿ってパトロールコースを歩いてきた。過去数年間でこのコースも改築され、「エルサレムの歴史的トレッキング」と呼ばれる特殊な観光コースとなり、エルサレムの旧市街や新市街の通常見慣れない景色を可能としている。

 南側のコースはヤッフォー門から始まって糞門まで続いており、北側のコースもヤッフォー門から始まってライオン門まで続いている。北側のコースの美しい展望台は、「三つのドームの展望」であり、そこからカメラで岩のドーム、聖墳墓教会とフルバ・シナゴーグの三つのドームが一緒に撮影できる。もう一つの美しい展望台では、ダマスカス門の手前にある、屋根付きの監視塔から可能となっている。

 全部を回ることも可能であり、2日間有効期間がある1枚のチケットで2コースを回ることが出来る。城壁巡りの道への入口は少々隠れており、ヤッフォー門から出た左側にある。入場は有料(大人20シケル、子供10シケル)で、東エルサレム開発会社のHPで事前に予約することをお勧めする。

◎ボルネオの道:エルサレムへの「酸素パイプ」

 「ボルネオの道」は、兵糧攻めになっていたエルサレムへ、イスラエル軍と供給部隊を移動させることを目的として独立戦争時(1948年)に、エマオと谷の門でヨルダン軍によって通行止めになっていた低地からエルサレムまでの道路の代わりに敷かれた砂利道である。この道は、第二次世界大戦中にアメリカ軍とイギリス軍によって、日本軍占領地を迂回して中国軍に物資を供給する為に作られた東南アジアの道の名前を付けている。

 この道はエルサレム山地を曲りくねっており、今日ベコアの村であるディール・ムヒシン村の東側から始まり、ベイト・スシンの東の峰を上って谷の門を下って渡り、今日ベイト・メイールであるベイト・マハシルの方向へまた上っていく。そこからこの道は、今日ショーレッシュとショアバであるサリースへ向かい、エルサレムへの道路へとつながっている。

 実際にボルネオの道が装甲車の道路として頻繁に利用されたのは半年間のみであったが、この道路が敷かれたことがイスラエル全国のユダヤ人居住地にとってモラルを高揚させた重要性があり、エマオで封鎖されていたにも関わらず、兵糧攻めになっていたエルサレムとの連絡を絶えず持つことが可能となった。

 保存された道はイスラエル・トレイル委員会によって印付けられ、今日徒歩観光、又は自転車で観光するのに適した道となっている。全長は約17㎞で、ユダヤ基金が当時の雰囲気を保つために多大な努力を注ぎ、道に沿って装甲車の看板、物資を担いで歩いた兵士達の看板、標識やその他のツールが設置されている。

 この道の一部は「イスラエル・トレイル」と重なっており、短いコースに興味があるならば、谷の門交差点(ガイ・ゲート・ジャンクション)から始めて、ベイト・メイール村の入口手前にある3955号線の脇のユダヤ基金駐車場まで歩くことをお勧めする。全長約5㎞だ。コースの最終地点で拾ってもらえる車を用意すること。

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