近代シオニズムへのインスピレーション:2,500年前にエルサレムが復興

 ペルシャ王国の高官であったハカリヤの子ネヘミヤは、世界で最大の帝国の首都と由緒ある地位を離れ、廃墟で荒廃した町に戻ってきた。彼のユダヤ人兄弟達がエルサレムにおり、彼の助けを必要としていた。周辺の民族からの襲撃に何度も遭っており、このままでは少数派のユダヤ人が全滅してしまう恐れがあった。

 ネヘミヤはまず町を守る城壁を再建する。彼の暗殺も含めて重大な難関を乗り越えていく必要があった。エルサレムへの帰還と城壁再建で彼が通った様々な困難は、彼が2,500年前にヘブライ語で書いた個人的な日記に記されており、聖書に編纂されたネヘミヤ記として残っている。

 シオンへの帰還運動の救助と、第二神殿時代への荘厳な未来への懸け橋となったエルサレムへの出発が、この興味深いリーダーと関連した話であり、多くのユダヤ人達を陶酔させたクルス王が宣言した時の紀元前538年のペルシャから始まる。

 ペルシャ帝国全土に広められた王の命令は、第一神殿の破壊でバビロン捕囚を受けていたユダヤ人達がイスラエルの地へ戻っていいことであった。70年間の捕囚の後に数万人のユダヤ人達はエルサレムへ帰還した。しかしこの興奮は直ぐに収まり、帰還者の波は止まってしまい、エルサレムに戻ってきた者達は破壊されて城壁がない町を目の当たりにした。

 孤独で貧困であったユダヤ人達は、周辺の民族のサンドバッグに変わってしまい、襲われて少ない財産も奪われた。これらの襲撃が増えることによってエルサレムでの生活は悪夢へと変わっていった。シオンへの帰還の夢は崖っぷちに立たされたのだ。

 この兄弟達の苦しみから遠く離れた世界の反対側では、ペルシャ王の高官であったハカリヤの子ネヘミヤのように、ユダヤ人達は繁栄して偉人を輩出していった。「ハカリヤの子ネヘミヤの言葉。第二十年のキスレウの月に、わたしが首都スサにいた時、わたしの兄弟のひとりハナニが数人の者と共にユダから来たので、わたしは捕囚を免れて生き残ったユダヤ人の事およびエルサレムの事を尋ねた。彼らはわたしに言った、”かの州で捕囚を免れて生き残った者は大いなる悩みと、はずかしめのうちにあり、エルサレムの城壁はくずされ、その門は火で焼かれたままであります”と」(ネヘミヤ記1:1)。

 このようにネヘミヤ記は始まり、この歴史的な人物が記した日記で、出来事を描写して王に対してペルシャのユダヤ人高官が動いた。「もし王がよしとされ、しもべがあなたの前に恵みを得ますならば、どうかわたしを、ユダにあるわたしの先祖の墳墓の町につかわして、それを再建させてください」(ネヘミヤ記2:5)。

 王はネヘミヤの願いを受け入れ、ネヘミヤをユダ州のパシャとして任命し、軍隊を同行させてエルサレムへ送りだした。ネヘミヤはペルシャ王国の全ての豊かさを残していった。彼の心の中には一つのミッションが燃えていた、エルサレムの城壁の再建であった。

 しかしネヘミヤがユダ州のパシャに任命されたことに憤りを感じた者達がいる。周辺の民族のリーダー達は、エルサレムの城壁再建に強く反対した。「ところがホロニびとサンバラテおよびアンモンびと奴隷トビヤはこれを聞き、イスラエルの子孫の福祉を求める人が来たというので、大いに感情を害した」(ネヘミヤ記2:10)。彼らはエルサレムがユダヤ民族の中心的存在となることを断固拒否し、ネヘミヤがエルサレムに到着した時には、隠密に城壁の状態を調べる必要があった。

 ネヘミヤが見たのは失望だった。城壁の周辺は落とされた石や破壊のみで、なんとかそこを通ることが出来た。「エルサレムのくずれた城壁や、火に焼かれた門を調査し」(ネヘミヤ記2:13)。

 イーガル考古学者が行った発掘により、城壁の巨大な落石や町の家の崩落を発見し、ネヘミヤが調べていた破壊された城壁の部分であった。バビロンが城壁を破壊した時に、彼らは全ての町の住宅街を支えていたテラスシステムを破壊し、その結果全ての家が崩壊して崖をなだれ落ちた。

 ネヘミヤは城壁が無ければ安全がなく、安全が無ければ命がないという事を熟知していた。しかし城壁の再建のための土砂の除去、落石の回収、長期間の建設や重労働は不可能に近かった。時間はない。周辺民族のリーダー達がいつこの計画を知り、いつ城壁を破壊するか分からない状態であった。ネヘミヤの心の中には、破壊された町を離れ、丘の頂点になるもっと上段に新しい城壁を建設する決心があった。

 彼は直ちにエルサレムの住民に向かって語った。「あなたがたの見るとおり、われわれは難局にある。エルサレムは荒廃し、その門は火に焼かれた。さあ、われわれは再び世のはずかしめをうけることのないように、エルサレムの城壁を築こう」(ネヘミヤ記2:17)。最初にボランティアになったのは大祭司エリアシブと祭司達で、その後ネヘミヤは他のボランティア達が再建した各自の箇所を詳細に記している。

 丘の上段で破壊されたエルサレムの地層の上に、ペルシャ時代のものと思われる城壁と監視塔の一部が発掘された。エイラット考古学者の予想では、ネヘミヤ達が建設した城壁の一部であるとのこと。

 発掘された城壁の作りはだらしなく、石との間には隙間が多くあり、建設した者達は再建にボランティアとして参加した普通の市民であったため、遺跡から発見された建設材料は余り良いものではなかった。それでも彼らが再建した城壁は、500年以上経った第二神殿時代にも使用されていた。

 この段階で周辺部族のリーダー達が城壁再建を発見する。この件は彼らを驚かせて怒りを買ったが、ユダヤ人の努力は虚しいものでチャンスは無いと考えて何も心配していなかった。「この弱々しいユダヤ人は何をしているのか」(ネヘミヤ記4:2)、このような言葉で彼らは問いかけた。「塵塚の中の石はすでに焼けているのに、これを取りだして生かそうとするのか」。

 しかし周辺民族の自己満足は、一枚岩のように既に半分以上が再建された城壁を数日後に見て驚きに変わる。作業速度の速さに驚いたホロニびとサンバラテとその仲間は、次の作戦を計画する。武装した者達を忍び込ませ、城壁を再建している者達を作業中に襲う。

 状況はさらに危険になり、ネヘミヤは再度住民に対して自分達の家と町を守るために語りかける。「あなたがたは彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、あなたがたの兄弟、むすこ、娘、妻および家のために戦いなさい」(ネヘミヤ記4:14)と呼びかけ、それに全員が呼応した。ネヘミヤ自身が準備した武力の隊長を務め、それと共に平行して作業に力を入れる。建設者達は作業員でもあり兵士でもあった。「おのおの片手で工事をなし、片手に武器を執った」(ネヘミヤ記4:17)。

 脅迫は効果が無く、ユダに災いをもたらす者達の努力に反して城壁の再建は迅速に行われて完成間際になり、城壁の作業員を止めることが出来なければ、その活動力となっている精神の源であるネヘミヤを暗殺することを決める。

 暗殺者達は夜中エルサレムに到着し、ネヘミヤの顧問達は彼に逃げて死から救うように助言する。しかしネヘミヤはもし逃げれば敵の思惑通りになることを理解していた。彼がいなければ再建が崩壊し、城壁は建てられなく、エルサレムは無法地帯となってしまう。「わたしのような者がどうして逃げられよう」(ネヘミヤ記6:11)、ネヘミヤは残ることを決意する。

 紀元前444年エルールの月の25日目にエルサレムの城壁再建が完了する。落成式は神への感謝を込めた犠牲を捧げた盛大な祝いが行われた。41チームが作業に参加し、52日間で完成させた。城壁の再建は市民に安心感を与え、がれきの中からユダヤ民族の中心となるエルサレムが再度生まれ変わるという希望を与えてくれた。

 その後12年間、ネヘミヤはエルサレムを改築し、ユダヤ人の町としての地位を確保させた。彼は住民の数を数千人まで増加させ、エズラと共に律法に沿ったユダヤ人のアイデンティティの強化、汚職の排除、社会地位の格差の排除、安息日の再定義、ヘブライ語の復活などに活動した。彼の活動は近代史に於けるシオニズム運動と、イスラエル建設者達によってインスピレーションとなる。彼の日記はネヘミヤ記として聖書に加えられることとなった。

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