侮辱の尻尾から高価なファッションへ:シュトライメル(ユダヤ教徒の毛皮帽子)

 宗教と研究目的以外のイスラエルでの毛皮売買が禁止されたことにより、再度シュトライメルが話題になった。イスラエルの数万人の既婚者男性が、世界的シンボルとなった帽子を被っているが、「ユダヤ教徒の制服」は、神殿時代のものでもなく、出エジプトの名残でもない。「ユダヤ教徒達は、頭に狐の尻尾を被るヨーロッパでの古代の差別規制のためにシュトライメルを被っており、ユダヤ人を侮辱する為であった」とユダヤ教徒歴史を研究しているドーディ氏は語った。「ただしユダヤ教徒達は賢く、尻尾を帽子に変えた」。

 「1960年代後半に、両親や祖父母とツファットに行った時に、老人達が尻尾の付いた古いシュトライメルを被っているのを見た。後になってからシュトライメルは名誉ある、綺麗で高価な帽子となった。ユダヤ人とはこんなもんだ」と笑った。「彼らを傷つけようとするものを違うものへと変えてしまう」。

 彼の説明は、ノーベル賞受賞者のシャイ・アグノンの「シュトライメル規制」の話から引用されている、「ポーランドの王は…土曜日と祭日は、女性と結婚したユダヤ人男性は、妻の前でユダヤ人男性を侮辱する為に、頭に狐の尻尾を付けること、土曜日と祭日に男性が家にいる時は、家に入って頭に尻尾を被り、家から出る時も頭に尻尾を被り、それを妻が見て男性が嫌になる…結局その理由は忘れ去られた。侮辱の尻尾を名誉の尻尾へと作り始めた」。

 この興味深い説明には、一つだけ小さい欠点がある:ヨーロッパでは、何世代もかけてユダヤ人達を侮辱することをしてきたが、この屈辱的な帽子を使った罰の記録はない。ヘブライ大学現代ユダヤ民族とユダヤ教徒の歴史専門家であるエリシェバ教授は、興味ある他の物を示した:「中世の時代のヨーロッパのユダヤ人達は、三角帽を付けて描かれており、現代の研究者には侮辱的と考えられた」と彼女は語った。

 「しかしこのテーマを深く研究した者は、この帽子は最初から侮辱的なものではなかったことを発見した。これは司教達が付けていたとんがり帽とよく似ている。当時から長年経った人達から見れば、侮辱へのシンボルと考えるが、当時の人達はそう思っていなかったかもしれない」。

 「これは興味深い現象であり、ユダヤ人達が異邦人のファッションの一部を受け入れた。毛皮帽子もこのようになり、時間と共にシュトライメルへと変わり、ユダヤ教徒社会のシンボルとなった。異邦人のカツラも同じことが起きた。18世紀には名誉ある人達は皆カツラを被っていた。ユダヤ教徒女性達もこのファッションを取り入れ、それによってスカーフを被る義務が免除されたからだ。今日シュトライメルはユダヤ教徒の男性、カツラは様々なユダヤ教徒女性のものとなり、これはステータスのシンボルとなったのが興味深い決定である」と語った。

 カツラの価格は毎年値上げされ、市場価格の最高値も毎年破られている。しかし平均的なシュトライメルの価格はご存知か?「今日3千ドル、4千ドルから始まり、1万4千ドルまで達することがある」とドーディ氏は説明した。この原因としては、「重量が重くなったシュトライメルへの変化である」とのこと。

 中古品で安く買えないのか?「お金のない人に安く売る為に、古いシュトライメルを修復する製造者は少ない。重量も変わっており、以前では柔らかいキッパの周りに毛皮があったが、今日では分厚い段ボール箱に沢山の毛皮が使用されており、強い重たいノリが使われている。これが非常に重たく、安息日の食事には、シュトライメルを付けたまま食事することが不可能となったので、ワインの祝福が終わったらいつも外している」。

 老人はどうしているのか?「老人の賢者達にはより軽いシュトライメルが製造されており、ノリも段ボールも軽くなっている。安い合成品のシュトライメルのパテントもあり、海外のユダヤ人達が使用しているが、冬だけだ。安息日には帽子をナイロンで包んではいけないために、雨で帽子が使えなくなるのを恐れているためであり、合成品を使用しているのだ」。

 サート・ヴィズニッツユダヤ教徒のドーディ氏が語ったように、オリジナルのシュトライメルは、今日のものより非常に違っていたようだ。実際には大きな布のキッパのようで、端にだけ毛皮が付いていた。シュトライメルの起源に関する他の伝説と関係しており、ロシア皇帝の一人がユダヤ人にキッパを被ることを禁止したが目、キッパの周りに狐の尻尾を付けるようになり、それが帽子になったと言われている。

 このような帽子の例は、1789年にロシア帝国で生まれ、ユダヤ教ハシディズムの三代目チーフラビを務めたラビ・メナヘム・メンデル・シュニオールソンの絵に見られる。当時の画家が彼を描き、古いシュトライメルと非常に似ている帽子を頭に描いている。布製のキッパで、周りに両側から毛皮の尻尾が巻き付いている。

 ロシア帝国では、この帽子に非常に似たものを被った支配者が数人おり、例えば「キエフの王子」と呼ばれ12世紀に生きたウラジミール2世で、ロシアの年代記によると、彼と彼の市民に、ユダヤ教を採用することを申し出たユダヤ人の使節団も受け入れたとされている。しかしウラジミールは、ラビ・メナヘムが生まれるずっと以前に亡くなっている。

 絵画では、ロシアの貴族がシュトライメルを被っているのが見られ、例えば16世紀にロシアを統治したイヴァン4世が、6人目の妻を見つめている絵画である。この絵画はグレゴリーが1875年に作成し、自分の息子を含めた大量虐殺を終了した「恐怖のイヴァン」と呼ばれた支配者のずっと後の話である。

 歴史家のイーガル氏は、「ユダヤ人達はロシアには、ロシアの貴族が西ヨーロッパの衣服を着るようになったずっと後になってから到着した。しかし古い種類のシュトライメルは、モンゴル・ロシア・ポーランド風の帽子と非常に似ている」と語っている。

 結果的に東ヨーロッパのユダヤ教徒達は、毛皮で飾った帽子で冬の寒さをしのぐことを異邦人から学んだが、時間と共にシュトライメルは特殊な帽子(前述のように特に高価な)へと変わっていった。

 一般の人にとってシュトライメルは全部同じに見えるが、3種類の異なる帽子がある。シュトライメル、スポディックとコルフィックだ。殆どのユダヤ教徒は、広くて低いタイプのシュトライメルを被っている。クロテン、灰色狐、ミンクやその他の綺麗な尻尾を持つ動物から作られている。シュトライメルの基本的な色は茶色だが、時と共に様々な明るい色も組み合わされた。

 グール派などのポーランド系ユダヤ教徒は、スポディック(ポーランド語で底の意味)と呼ばれる異なるタイプのシュトライメルがある。黒色の毛皮の帽子で、ハンガリーのユダヤ教徒のものより高くて狭い。最後の3つ目はコルフィックで、茶色のシュトライメルに似ているが、高くて容量があり、スポディックにも似ている。

 シュトライメルを全く被らない唯一のユダヤ教徒はハバッド派だ。ルバビッツユダヤ教徒チーフラビの第六代目であったラビ・ヨセフ・シュニオールソンは、コルフィックを被っていた。しかし彼の婿であるラビ・メナヘム・メンデルはハバッド派七代目の最後のチーフラビで、フェドーラ(Fedora)帽子を被っており、ユダヤ教徒達はニーチハットと読んでいて、全員がそれを被っている。

 ハバッドのラビ・メナヘム・ブロードは、「ハバッドユダヤ教徒では、特殊な着物に重要性を置いていない。各地で敬虔なユダヤ人のように服を着ていた。ロシアでは夏にキャスケットを被り、冬には毛皮の帽子を被っていた。エルサレムではシュトライメルを被り、その後フェルト帽をかぶるようになった」。

 「ハバッドのチーフラビは、毛皮の帽子を被ったが、それも統一されていない。7代目チーフラビ・メリヨバワイチは、シンプルなフェルト帽を被り、チーフラビになっても着ているものは何も買えなかった。彼の義理の父親の帽子を被りたがっていたという噂に証拠はない。自分の義理の父親が座っていた場所にも座らなかったくらいだ。これも彼は自分が義理の父親の弟子であり、彼の事業を継続するものであり、その為に帽子も昔のままのものを被っていた」。

 「自分は38歳で自分のシュトライメルは、23歳で結婚した当時のものより30%ほど高くなっている」と、ユダヤ教徒新聞記者でヴィズニッツ派のイスラエル・コーヘン氏は語った。「最近では高さを競う習慣があり、一部のユダヤ教徒はシュトライメルからスポディックに移行したと混乱しているくらいだ。またファッションも取り入れられて値段も上がった。通常アメリカで始まってイスラエルにやってくる。中には以前より多く毛皮が付いたシュトライメルがあり、明るい色や濃い色が混ざって先端は尖っており、私のラビはファッション的な現象に対して大反対している」。

 先端が尖っているシュトライメルの人達はどうするのか?「先端を切った人もいれば、新しいのを購入した人もおり、値段は高いが切ってしまうと崩れて見えるからだ」。

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