裁判判決:パレスチナ自治政府はテロ被害者に対して1千3百万シケルを賠償支払

 エルサレム中心街でテロによってツィッピーとガディの夫婦が殺害されてから18年、エルサレムの地方裁判所はパレスチナ自治政府に対し、遺族に1千3百万シケルを賠償金として支払うよう判決を下した。これも約2年前に裁判所が、PLOには直接テロ攻撃の責任があると決定したことによる。

 両親を失った双子のシャハルとシューバルは、「長期間の裁判での闘争後の輪が閉じられた夜だ。正義が証明されることがまず重要で、やっとそれが実現した。この闘争は自分達の家族の為だけではなく、全ての遺族に力があるのだということを証明した。正義が行われた法廷に感謝したい。お金が目的ではない。テロ組織を相手に戦い、自分達の悲劇に強く立ち向かい、諦めることはなく、この痛みを毎日私達は忘れることは無い強い自分であることを見せたかった」と語った。

 テロは2002年3月に起きた。死後の検体によると亡くなった母親は妊娠5か月の双子を宿していたことが分かった。自爆テロのムハマッド・ハシャイカは、エルサレム中心街のキング・ジョージ通りで自爆した。母親は即死、父親は重傷だったが数時間後に病院で死亡が確認された。このテロでは他に、モディイン在住の6人の子持ちであった父親イサクも死亡し、80人が負傷した。ガディとツィッピーの遺族は双子の娘達であった。

 16年前に遺族はPLOとパレスチナ自治政府に対して訴訟した。遺族は弁護士を通じ、テロの自爆犯はパレスチナ・テロ組織のメンバーであり、罪のないイスラエル市民に対する暴力使用を自治政府が政策として打ち出した結果の実行であったと主張した。また家族の主張によると、自治政府は自爆テロ犯人の遺族に今日まで補償金を支払い、自治政府がテロリストを応援しテロ攻撃に関与していた証拠であるとのことであった。

 これに対し自治政府は、弁護士を通じてこの遺族の主張は包括的で関連性が無いとし、遺族の主張は複雑な歴史的問題であって、裁判所で話し合う内容ではないと主張した。またそれ以外に、闘争の場合にはお互いが被害を受け、お互いが負傷者をケアすることが常識だと主張した。遺族への補償金はその負傷者の手当の一部であって、テロ攻撃自身を認めているものではないと主張した。

 今回の判決はパレスチナ分野の専門家で、西岸地区作戦コーディネートのアラブ問題元顧問であったアロン氏の意見をベースとした。自治政府の主要人物達が、直接テロ攻撃に関与していたことを発見した。彼の意見によると、テロリストのムハマッドは自治政府によって逮捕されていたが、特にテロ攻撃を実行するために自治政府一般諜報機関将校のアベッド・エル・カリムの要請によって釈放されたとのこと。

 自爆テロに使用された爆薬も、自治政府一般諜報機関局長タオフィック・ティルアウイの事務所から持ち出されたものであり、犯人の協力者に対して1,200シケルを支払っていた。またPLO上層部のフセイン・アッシャイフは、今日イスラエルとの交渉大臣として任命されており、このテロとも関与していて、犯人や協力者たちにお金や手りゅう弾などを手渡していた。

 双子の弁護士は、「イスラエルの裁判所も懲罰的損害を課すことは、テロに対する真の抑止力になると理解したことを祝福する」と伝えた。

 「18年間休む暇もなく裁判に専念していたが、やっと今痛みと死別に専念する時間がある」とガディの兄弟であるイーガルは語った。「二人の墓参りに行って報告したい。テロ被害者遺族の殆どが頭を持ち上げる力も無く、損失と向き合い、自治政府と向き合うことも出来ない。これは長い闘争であり、時には疲労と失望もあったが、自分達の自信と周りの協力のお陰で勝つことが出来た。これは喜びと満足感が、悲しみ、悔やみや思い出と混ざっている」と語った。

 第二インティファーダで実行されたテロ攻撃に関し、自治政府に対して被害者遺族が訴訟を起こした裁判中の数件に、ここ数年間で判決が下されている。3年前に地方裁判所はテロ攻撃を抑制しなかったとして自治政府に対し、443号線の乱射事件で両親を失った遺族に6千2百万シケルの賠償金支払を命じている。また他に最高裁判所では、2003年にバッカ・エル・ガルビエで起きたテロ事件で殺害されたアモスの遺族に、自治政府が賠償金を支払うよう判決を下した。アモスは自治政府の訓練基地に参加していた少年の発砲によって殺害された。

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