約2,550年前のシオンへの帰還時代の刻印がエルサレムで発見

紀元前6世紀のペルシャ時代と想定されている二重刻印と陶器製スタンプが、イスラエル考古学局とテルアビブ大学が共同で行っているエルサレム旧市街近くにあるダビデの町の発掘によって発見された。これらはエルサレムがバビロンによって攻め落とされ、その時に破壊された大きな建物の敷地内で発見された。

 テルアビブ大学古代東洋考古学と文化課のユーバル教授と考古学局のイフタフ学者は、ペルシャ時代の発見物はとても希少であり、当時の町に関して学ぶことができる発見物であると語った。刻印は小さい粘土の欠片であり、古代に書簡や輸出物を封印するために使用されていた。書簡や輸出物などは残っていないが、セラミックに似た物質でできている刻印は残り、当時の行政システムや住民達に関して重要な資料となる。

 刻印とスタンプがダビデの町で発見されたことにより、街が破壊された後の建物を住民は使用しながら行政システムを正常なものに戻そうと努力した、第一神殿が破壊された後の困難な状況が学べると両氏は説明した。

 二重刻印は4.5センチ長さの大きな粘土の破片に記されている。この刻印は書簡用ではなく、多分大きな入れ物を封印するために使用されていたと見られている。刻印には人が大きな椅子に座っており、彼の前には二本の柱が描かれている。研究者達はこの刻印は典型的なバビロンのスタンプから作られたものだと語った。人物像は多分王様で、二本の柱はネボ神とモルドック神の象徴と考えられている。

 テルアビブ大学のイド学者は、イスラエル国内ではエンゲディやエルサレムなどの数か所からこれと似たようなものが約10個くらいしか発見されておらず、ペルシャ時代に利用されていたものとされている。ペルシャ時代に関連した同じタイプの刻印が、ダビデの町の東側での発掘でエイラット学者によって発見された。

 スタンプは大きな陶器製で現地で製造されたものであり、外側には二つに分かれた円形のフレームに、幾つかの直線状の線が刻まれている。この刻まれた線は二人の人物像か、又は文字に似せて描かれた疑似絵文字とも考えられている。このスタンプの裏側には以前取っ手が付いていたことが判明している。

 このスタンプの長さは8センチで、大きなものを封印するために使用されていた。「ダビデの町の西側で発見されたこれらの新しい発見物は、旧約聖書の主にエズラ記とネヘミヤ記にしか記されていない、シオンへの帰還時代の町の建物に関して多くの情報を与えてくれる」と研究者達は語った。「この時代の発見物が稀なために、当時の地方行政や町の規模に関して知ることはとても困難である。今回の発見は、シオンへの帰還の100年近く前に起きた第一神殿の破壊前に存在していた地方行政と同じ場所に、帰還後の地方行政のシステムが再建されたことに光を当ててくれるものである」とも語った。

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