約2千年前の荘厳なバジリカ遺跡が、アシュケロン国立公園で発見

 イスラエルで最大である、ローマ時代のバジリカ建築物エリアが、考古学局考古学発掘によってアシュケロン国立公園で発見された。この遺跡は、自然公園局とアシュケロン市役所などが引導する、国立公園で実施されている拡張開発プロジェクト中に発見された。保存と復元作業の終了後に、同地は一般公開される。開発事業は新しいトレイル建設も含まれており、自然の中や特殊な景色の中を散策できるようになる。

 バジリカ(ローマ公共建築物)では、当時の市民の生活が行われていた。ビジネス、社会的事案、又は裁判などで市民はここで出会っていた。それ以外には、ショーや宗教儀式も行われていた。考古学局のラヘル学者は、「建物の規模は巨大であり、三つの部分に分かれていた。メインホールと両側にあった二つのホールである。ホールは周りを大理石の柱や柱頭などで飾り、想定約13mの高さまで聳え立ち、屋根の部分を支えていた。床と壁も大理石で建設されている」と語った。

 「バジリカの建物はヘロデ大王が建設したもので、文献によると、彼の家族の出身地はアシュケロンであった」と考古学局バルナタン学者は語った。「2~3世紀のローマ・シリア帝国時代に建物は改築され、大理石の建築材料が持ち込まれ、小さい劇場も追加された。ヘロデ大王時代のコインが、建物の古代の床から発見され、イスラエルで最も有名な大建築家の一人であったヘロデ大王の建設時代の事を学ばされる。歴史家のヨセフ・ベン・マティティヤフは、著書に於いてヘロデ大王のアシュケロン建設について記録しており、噴水、浴場や柱廊ホールがあったと記している。現在新しい考古学的証拠により、この歴史的文献を理解することが出来る」。

 大理石は、この遺跡で長年実施された発掘の枠内で発見され、最後の発掘は約2年前に終了しており、大理石は小アジアから商船に乗って商業都市として知られていたアシュケロンの港に運ばれた。合計約200個の大理石アイテムが、総重量数百トン発見されたと考古学清くと自然公園局は伝えており、この建物の荘厳さを証明している。それ以外にも草の模様が付いた柱頭が数十個、一部にはワシも描かれており、ローマ帝国のシンボルでもあった。建物の角にはハート形をした柱が立っていた。それ以外にも、1920年代にイギリスの考古学発掘がこの建物の場所で実施されており、その時には勝利の女神であるニカの巨像が発見され、地球を担いでいるアトラス神と、町の幸運の女神であるティコの形をしたエジプトの女神、イシスの像も発見されている。

 バジリカの建物は、西暦363年にイスラエルで発生した地震で破壊された。地震の痕跡は床の部分に明確に残っており、当時アシュケロンが通った事件を感じることが出来る。町が破壊された後は廃墟となった。アッバース朝とファティーマ朝時代にこの場所は工業地帯と変わり、幾つかの建物が建築された。その一つにバジリカの大理石で出来た柱頭や柱が使用され、建物の壁に組み込まれていた。ウマイヤ王朝時代には、床の材料として大理石が切られた証拠も残っており、建築材料として使用されていた。

 劇場とバジリカの保存と復元作業の枠内で、古代アシュケロンの有名な大理石の像がバジリカの南部分に配置される。最初の段階として劇場が復元される。また現代的なベンチ、舞台や標識も加えられる。

 同時に素晴らしい大理石のアイテムの配置も開始し、数十トンもする柱がバジリカに立てられた。自然公園局では、発見されたバジリカの床は保存されて平らにされ、その周りには幾つかの柱が立つこととなっていると伝えた。この復元後には、イスラエルで最大で荘厳なバジリカが一般公開されることとなる。現在訪問客は、近日中に修復作業の終了予定である劇場の椅子に座ることが出来、隣にあるバジリカの修復作業の様子を見ることが出来る。

 自然公園局局長のシャウール氏は、「テル・アシュケロン国立公園は、興味深い古代遺跡に、砂浜がある特殊な自然価値と組み合わさっている。ここは1960年代に、イスラエルで初めて国立公園となった場所であり、今日まで開発と新規は継続されている。開発作業が行われているバジリカと劇場の発掘現場では、現場で発見された古代の柱や像の設置も含まれており、新しいトレイルも建設中であり、現地を訪問する人達に素晴らしい体験を提供してくれる」と語った。

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