神殿の丘に石材を供給していた石切り場がエルサレムで発見

 エルサレムで有名なハイテク産業エリアは、石切の山と呼ばれているが、何故この名前で呼ばれているかは誰も知らない。最近考古学局が同地開発建設以前の発掘を実施したところ、この名前の意味の証拠が発見された。古代の巨大な石切り場で、今から約2千年前の第二神殿時代のものと思われる。

 一部だけ発掘された石切り場は、約600平米の面積であるが、これ以上の規模であったことは間違いない。ここで発見された石材は巨大なもので、1.5m×2mである。考古学局によるとこの石切り場は、石を切り出して加工するまでの全段階が明確に見ることが出来るとのこと。「神殿の丘などの古代エルサレムの巨大建設は、膨大な量の石材、切り出しの為の組織的能力と調整、旧市街までの建設現場に石材を運び出す必要性があった」と、考古学局の発掘責任者モーラン氏は語った。

 「岩盤から切り離される前の巨大な四角い石の塊も発見され、その後これを旧市街へ運んだのであろう。考古学者にとって、この石切り場はとても貴重である。一部の石がこのような形で現場に残されていることは、古代の技術を模倣しながらの実際の経験を通じ、石材の切り出し過程を学ぶことを可能としている」。

 現在考古学局の考古学者達と保存専門家達は、石を切り出す為に使用した古代の方法を実際に復元し、古代の文書に記されている方法の効果性を実験する予定である。過去に発見された動議を特別にこの実験用に復元し、それを使用して行われる予定である。

 過去数年間にエルサレム北部で考古学局が実施した発掘では、多くの石切り場が発見され、岩盤からの石の切り離しに使用した道具も見つかっている。旧市街北側にあるこれらの石切り場は、巨大な面積を占めており、特殊な現場となっている。この場所は主に地理的な理由、また石材の高品質を理由として、第二神殿時代、又はその後の時代にもエルサレムの巨大建設用の石材として使用されていた。

 考古学局責任者のエリー氏は、「シンボル的な形で、現在のエルサレムの開発により、古代エルサレムの巨大建設を発見して調査することが可能となっている。エルサレムでの建設工事前に、考古学者達は発掘して調査する義務があり、次世代のためにも行う必要がある」と語っている。

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