研究:ユダ王国の殆どが読み書きできた

 テルアビブ大学の研究者達は、2,600年前のユダ王国の殆どの住民が読み書きができたという結論に至り、リテラシー(読解記述力)は王国書記や貴族だけのものではなかったことが分かった。PloS One科学雑誌に今晩発表された研究によると、研究者達は紀元前6世紀のテル・アラッドにある軍事基地の18枚の古代テキストを、警察などで使われているグラフィカル支援の画像処理技術を利用して調査した。

 この調査はアリエ学者、シーラ学者、応用数学科のバラク学者、レイモンド・ベバリー物理学・天目学学校のエリー教授、とテルアビブ大学ヤコブ・アルコーブ考古学・古代近東文化科のイスラエル教授によって行われた。文字比較専門家のヤナ氏は、偽造文書識別の為に法廷識別研究所とイスラエル警察国際重要犯罪検挙国立ユニットに27年間勤務していました。

 「研究では、申命記、ヨシュア記、士師記、サムエル記と列王記はユダ王国末期に編纂されたのか、又は第一神殿崩壊後にバビロンによって編纂されたのか今でも議論されている」とアリエ学者は語った。「この疑問を解決する方法の一つは、これらの複雑な歴史的文書をいつ書き上げる時間が合ったかということである。紀元前586年の第一神殿崩壊後に、エルサレムやその付近でヘブライ語で書かれた文書が考古学で発掘されたのは稀であるが、第一神殿崩壊前のある一定の時期に書かれたヘブライ語碑文は沢山ある。質問されるべきは、これらを書いた人物は誰なのかということ。リテラシーが広く普及していた階層の人達なのか、それとも読み書きができた一握りの人達だったのか」。

 経験的テキスト検査、このようにシーラ氏は説明したが、独自の画像処理と計算学習技術を使用して行われた。「これらが手書きやサインの認識と解析が可能な分野である。最大の挑戦は、これらの近代技術を2,600年前のオストラコン(陶器の破片)に適応させることだった。多大な努力の結果、文字を比較することができる二つのアルゴリズムを作成することに成功し、この二つのオストラコンは違う人物によって書かれたのかが分かる」と説明した。

 テル・アラッドで発見された18枚のテキストは、アルゴリズムの観点からすると最低でも4人の違う人物によって書かれたものであることが判明し、そこに書かれたものから研究者達が結論付けたのは、最低でも6人が書いたものであるということが2016年に発表された。現在の研究では、警察の法医学研究所で使用されているアルゴリズム的手法と法医学的手法との比較がなされた。古代テキストを調査した結果、18枚のテキストは12人の特殊な作者達が、様々なレベルの確実性で書いたものであることが判明した。

 過去に警察の秘密調査で手書き文書を解読していたヤーナ氏が、テル・アラッドのオリジナル・オストラコンを調査した。「私のキャリアの中で最も興奮した調査でした。自分には分からない古代文字が陶器の破片にインキで書かれた古代ヘブライ語の文書だったのです。文字を分析・比較するために、文字の特性をまず学びました。第一神殿時代の人達によって書かれた文書、兵士配置に関する命令、ワイン、オイルと小麦粉の供給、近くの要塞への伝令、ユダ王国軍の司令部からアラッドに届いた命令など、それらは普段の生活に関したテーマで、マイクロスコープの詳細に至るまで文書を深く掘り下げました」。

 文書を書くということは視界、データ分析や多くの筋肉の動作などの複雑で特殊なシステムの結果であるため、手書き文字は一人一人に特殊な文字であるという想定を研究者達はベースとした。一つの例として、エドム王国とユダ王国の仲介役としてアラッド近辺で活動していたキタイームと呼ばれる部隊の兵士達のやり取りが書かれた文書である。「キタイームの誰か、多分ユダ王国軍の司令官か連絡将校と思われる人が供給を要求している。アラッド要塞の倉庫責任者に対して、小麦粉、パン、ワインなどをキタイームに渡せと書いている。手書き文字の認識により、ユダ王国軍司令官一人ではなく、最低でも4人の違う司令官達が書いたものであるということが分かっている」とアリエ学者は説明した。

 研究者達によると、18枚のテキストに12種類の文字が存在しているとのこと。「これは王国全体でリテラシーが普及していたことの証明である。要塞の司令官と連絡係、又は要塞倉庫責任者のエリシャブと副責任者のナホムは読み書きを知っていた。誰かが彼らに教えたのであり、っということはユダ王国全体で教育がなされていたということである。今日のようなリテラシーでは無いが、ユダ王国の殆どの人達にリテラシーがあったようだ。これは聖書のテキスト編纂に関する議論にとても重要なことである。もし王国全体にたった2人しか読み書きができなかったのならば、こんな複雑なテキストを書く必要が無かったからである」とバラク学者は説明した。

 科学者達の間では、ヨシュア記から列王記下までは紀元前7世紀末に書かれたものであり、アラッド文書に近い時期であると想定している。「これらのテキストが誰に対して書かれたものかを知る必要がある。ある意見では一部の人達だけが読み書きを知っており、彼らが読むことを知らない市民に対して読み上げたと言っているが、ユダ王国でリテラシーが普及していたとなると話は別である」とイスラエル教授は語った。

 「ユダ王国のリテラシーに関する議論は、聖書自身に書かれたものを基本としており、王国の作家達に関してであった。我々はこれらの議論を経験上に移行した。テル・アラッドのような僻地で12人の作家が18枚のテキストを書いたのならば、ユダ王国は12万人くらいの人口であったと考えると、リテラシーはエルサレムにいた王国秘書達だけのものではなかったことが分かる。そうすると聖書の編纂は貴族だけのためではなく、読むことを知っていた要塞の保管責任者のためでもあったことは明確である」とイスラエル教授は付け加えた。


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