我々の親戚は寒さで死んだ?

 今日地球上には一種類の人種が住んでいる、ホモサピエンスである。ただし一種類だけではなかった。我々が属しているホモ人種は約2百80万年前に現れ、通常いつも2種類のホモ人種と一緒に共存してきた。我々の人種の定義によっては時には5種類、6種類やそれ以上であった時もある。一部の人種は共存し、一部は全く別の大陸に住んでお互いに一度も顔を合わせることがなかった。唯一の人類として我々の生存が開始したのは約4万年前といわれており、ネアンデルタール人の絶滅と同時であった。我々の記された歴史より数倍も長い年数であるので、唯一の我々の存在は自然の結果と思われがちであるが、実際にはとても特殊な状況なのである。

 何故他のホモ人種は絶滅し、我々だけが唯一生き残ったのか?過去数年間に於いてこの質問に対する幾つかの答えが提示され、学者会では多くの同意を得られなかったものも一部ある。新しい研究によるとイタリアの研究者達は、古代人種が一部消滅したのは、今日でも特別な意味と役割を担っている外部要因、気候の変化と関係があると示している。

 研究者達は、別々の時代に絶滅したホモ人種の5種類に注目した。ホモ・ハビリスがその中で最も古く、背は低くて脳も小さくアフリカに存在していたが、約140万年前に絶滅した。ホモ・エルガステルは少し大きめでアフリカに生存し、3種類目であるホモ・エレクトスの亜種とも考えられている。ハビリスが絶滅した同じ時期に絶滅したと考えられている。ホモ・エレクトスもアフリカに存在したがアジアにも移住し、つい最近の約11万年前まで存在していた。ホモ・ハイデルベルゲンシスはヨーロッパ、アフリカやもしかするとアジアにも存在し、約20万年前に絶滅した。最後にはネアンデルタール人で、研究者達は彼らを違う人種として関係づけているが、これに関しては別々の人種なのか、それとも我々の亜種なのかの議論は今でも続いている。ネアンデルタール人はヨーロッパとアジアに存在し、たったの約4万年前に絶滅した。

 近年地球上に過去存在した気候を復元する研究が発表され、5百万年前の平均気温や雨量もデータに含まれている。研究者達は、様々なホモ人種の「気候的適所」を再現するために相似した方法を使用し、彼らが生活していた地域に存在していた平均気温が何度でどのように変化したかなどを調べた。その結果三種類の人種、エレクトス、ハイデルベルゲンシスとネアンデルタール人は、彼らの絶滅に関して気候的適所の変化が明確に証明されていることが判明した。

 調査結果は、古い人種のエレクトスとハイデルベルゲンシスには最も明確であった。彼らの絶滅前の最後の時期は、それ以前の時期よりとても寒かったことが分かっている。気温が下がったことによって、これらの人種は自分達の生息地を離れることを余儀なくされ、比較的暖かくて湿った地域へ集中していった。しかしそれも彼らを絶滅から救えなかった。「人種は利用できる地域が広大であるほど生存することが出来る」と、この研究の責任者であるパスクアラ・ライア氏は語った。彼らに適応した気候が小さい地域であることに満足しなければならず、人口がどんどんと減少して最後には絶滅した。

 同様の結果だがこれほど明確ではなかったのがネアンデルタール人であった。研究者達は、既に過去の研究で絶滅の要因の可能性として提示されているネアンデルタール人の場合の気候変化の影響は、我々の人種である現代人との競争に負けたという要因に代わっている。世界から消滅する前に気候的適所の変化は見られなかったハビリスとエルガステルの場合はどうであろう?研究者達は彼らの場合には、ホモ・エルガステルがホモ・エレクトスへと変化した様に、違う人種へと進化したのであろうと予想している。

 「気候の変化の影響はとても明確であったことに驚いた」とライア氏は語った。「絶滅した人種に限り、気候条件は絶滅直前には極端に変化し、その時期のみ彼らはそれを対処しようとした。気候が寒冷化した時に到達出来たもっと温かい場所への移住であったが、最終的にはそれも十分ではなかった」。

 全員がこの研究結果に同意している訳ではない。この研究の問題点の一つは、化石の記録化に不十分と偏りがあるということである。ネアンデルタール人に関係した発見は比較的に多いが、この研究で調査された他の人種に関しての詳細は余りよく知られていない。「他の人種が存在していた時代と場所に属した化石は、発見されたものがほとんど無い」とアメリカのジョージワシントン大学のバーナード・ウッド氏は語った。それは彼らがどの地域にいつ住んでいたのかなど、明確に分かっているものは無いという意味である。我々が知っているのは一例を挙げると、現存するハイデルベルゲンシスの最古の化石は約70万年前のものであり、最新の化石は約20万年前のものである。しかし少量の化石しか発見されていない為に、もしかするとこの人種は数万年から数十万年前に現れたのかも知れないし、絶滅した時期以上に小さいグループとして存在し続けてきたのかも知れない。

 また他の研究者達の中には、絶滅の原因として「一つの要因」だけを見つける方法に関して注意喚起している。「たった一つのメカニズムのせいで絶滅した人種は一つもない。色々な要因の組み合わせである」とオーストラリアのフリンダース大学のコーリー・ブラッショー氏は語った。「例としては、更新世末期(約1万2千年前)の大型銅粒絶滅の場合には、人間の捕獲や気候の変化などの影響の組み合わせが要因であったことは明確である」。

 他の研究者達は、気候の変化が親戚の絶滅の重要な役割を演じたのではなく、幾つかの要因の一つであり、その影響力もどれくらいあったのかは明確ではないと考えている。しかし、もし気候の変化が決定的な要因であると主張するライア氏と同僚達が正しい場合には、今日起きている気候の変化に関してはどうなのであろう?良いことではないとライア氏は語った。

 「地球上で他の全ての生物と比べても、素晴らしい精神力を持っていた我々の先祖が、気候の変化に立ち向かうことが出来なかったと発見することは不安でもある。自分達が座っている枝を自身で切るように、我々の人種が気候の変化を生んでしまっている時にそれを発見してしまった。個人的には鳴り響く警笛だと受け止めている。過去に気候の変化はホモ人種を傷付け不幸にしてきたが、再び起きる可能性はある」とライア氏は語った。

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