古代ナファフ:ゴラン高原で1,700年前の境界石が発見

 ハバシャン師団が活動しているネファフ基地付近のゴラン高原で、この1か月間実施されている考古学発掘により、ネファフという地名は既に1,700年前以上に付けられていたことが明らかになった。

 考古学局のディナ氏とヤルデナ氏が監督している発掘で、ギリシャ語で書かれた石が突然掘り起こされ、墓石として使用されてい状態で発見された。考古学局のダニー学者とキネレット・アカデミック・カレッジのハイーム教授によってギリシャ文字を解読したところ、境線としてこの石が使用されていたのが判明した。

 「境界石にはネファフ村という名前が記されている。このような石は、西暦300年頃のローマ皇帝ディオクレティアノスの時代に、税金の徴収の為に村々との境界線に設置された。今日まで残った名前が記されている、ゴラン高原中央部では初めての境界石発見である。ネファフは第三次中東戦争までここにあったシリア人村の名前であり、今日でも軍隊基地の名前として存在している」と研究者達は語った。

 研究者達はまた、通常古代の地名が保たれているのは、連続して人が住み続けてきた結果であるが、ネファフは1,500年前のビザンチン時代に既に廃墟になっており、その後人が住んでいたのはマムルーク王朝の13世紀から15世紀の間であり、連続して人が住み続けたことは無かったと語っている。「地名がそのまま残っていたのはとても興味深く驚かされることだ。今日まで残った地名が記された境界石が発見されたことは、とても珍しいことであり、古代居住区の地名は、連続して人が住まなかったとしても代々に残される可能性があるという説を有力にしてくれる」と研究者達は語った。

 考古学局発掘責任者のヤルデナ氏とディナ氏によると、「ネファフでの発掘では、道の駅として利用されていたマムルーク王朝時代の公共施設が発見された。これはゴラン高原で初めて発掘された、マムルーク王朝時代の統治機関の建物である。この駅はガリラヤとダマスコを結んでいた主要道路に位置し、この道を通っていた商人や統治関係者達が宿泊と休憩場所として利用されていたと予想される。ここで彼らは食べ、旅行支度を整え、馬のケアーをした。建物の中庭には鉄の窯とスラグの残骸が見つかっている。これは中庭に鉄職人がいて、ここで休憩していた馬とロバの蹄鉄を新しくつけていたと思われる。連続して人が住み続けていないのにも関わらず、とても長い年数がたっても地名が残っていたことに驚かされているし感激している」と語った。

 ゴラン高原のイスラエル軍基地やカツリン市に水を供給するために、イスラエル水道局のプロジェクト枠であるゴラン高原の水道パイプ20kmの設置事前発掘中に境界石が発見された。

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