北イスラエル王国の首都であったサバスティア考古学遺跡の争い

 特殊な国家的重要性を持つ考古学遺跡に設立された、考古学公園でパレスチナ自治政府が行った式典に関し、入植者達が怒りを表している。聖書の北イスラエル王国の首都であったサバスティア(ソマリア)だ。この式典の枠内でパレスチナ自治政府の旗が掲げられ、この遺跡は長年遺跡泥棒や器物破損に遭いながらも、パレスチナ自治政府によってパレスチナ遺産として正式に宣言された。

 一方的なパレスチナ側の宣言と現場のトラクターによる大規模な作業は、付近に住む入植者達の怒りを生み、サマリヤ地方行政長のヨッシー氏は、首相や関連大臣に対して痛烈な批判文書を送付した。「無統制は次世代への我々のコミットに恥をもたらし弱体化している」と主張している。

 パレスチナ自治政府は、サバスティア考古学遺跡の段階的修復プロジェクトを開始し、ベルギー政府の支援の下行っている。このプロジェクト内でエル・バダールと呼ばれる遺跡入口の中央広場が修復された。この広場の真ん中にパレスチナ人は17mの高さの柱を建て、大きなパレスチナ国旗が掲げられた。

 サバスティア地方行政長のムハマッド・ラアナム氏は、イスラエルが既に柱を取り除く要求をしてきたと伝えている。ムハマッド氏によると、市民行政のイスラエル人将校が彼と連絡を取り、入植者達が反対しているので柱を取り除くよう要求してきたとのこと。現在パレスチナ側はこの要求に断固反対しており、イスラエルがこの遺跡を占領しようとしていると伝えた。自治政府の考古学遺跡保存局長であるサッラフ・タワフシェ氏はこの問題に関し、「このプロジェクトはイスラエルの障害を乗り越えて実現した。サバスティアの歴史とこの遺跡は、歴史と文明を愛する者全員に公開されている。この場所は忍耐、文化、観光のモデルとなる場所で、憎しみや権利のはく奪のモデルになる場所ではない」と語った。

 この特殊な考古学遺跡に関するイスラエルの管理とコントロールの最大の問題は、法律的定義である。この遺跡自身はC地区のイスラエルのコントロール下にあるが、遺跡の駐車場や遺跡に向かう道路はB地区となっていてパレスチナのコントロール下にある。国立公園付近にあるサバスティア村では、キリスト教巡礼者用の整備がなされており、パレスチナ人ガイドに連れられた観光バスは自由に出入りしている。しかしユダヤ人の訪問者や観光客は、軍の警備が同行しないといけない義務となっている。

 素晴らしい考古学遺跡のサバスティアは大きな敷地にあり、古代の北イスラエル王国の首都が含まれており、紀元前880年にオムリ法によって建設されたと列王記に記されている。町の名前は、土地を売ってくれた人の名前セメル(列王記上16:24)から取って付けられ、約150年後にアッシリア王国によって滅ぼされた。多くの聖書の有名な話がこの場所で起きている。アハブ王の宮殿であった象牙の家(列王記上22:39)と預言者エリヤとの闘い、町の門の4人のライ病人(列王記下7:3)、サマリアに関する預言者アモスの言葉(アモス書4:1)などだ。

 数年前に現地を訪問して撮影された映像には、日中でも遺跡泥棒、古代コインや遺物の違法取引や販売、遺跡の柱、古代野外劇場の椅子などの極端な器物破損、壁に描かれたグラフィティなどが確認されている。アハブ王の有名な象牙の家の廃墟の上には、高さ15mのところに大きな旗が掲げられている。

 サマリヤ地方行政議会は、「永遠に保存」組織と共に国防省や他の関連機関に対し、「イスラエル国とユダヤ民族の歴史的遺跡をパレスチナ自治政府が支配する現象」と争うように呼び掛けている。テル・アロマ、古代サマリア、ヨシュア・ベンヌンの祭壇などである。ヨッシー氏は、「パレスチナ自治政府は、違法的に古代サマリアの入口と土地開発や整備作業を行っており、遺跡の損壊、略奪や器物破損も行っている。イスラエルの支配地であるこの破壊行為には、ユネスコ、イタリアやベルギーなどの国際団体も参加している。パレスチナ人の活動はオスロ―合意に反しており、考古学遺跡を保守する義務がパレスチナ人にあると記されている。ユダヤ民族と世界全体の遺産価値を持った考古学遺跡の計画的、又は組織的な破壊活動である。この問題は国境を越えた、遺産に対する打撃の国際問題を持っている。イスラエル国には、遺跡破壊を阻止するための権利と義務がある。B地区に於けるパレスチナ自治政府の権利は、市民の地方行政管理のみに与えられている」と語っている。

 「永遠の保存」のマネージャーであるガイ氏によると、同組織の目的はパレスチナ支配下にある考古学遺跡の保守であるとのこと。「この遺跡で最近起きていることは、パレスチナ自治政府の正式な政策と関連しており、遺跡とユダヤ人との関連性を消滅させることである。古代サマリヤのサバスティアは、ユネスコによって世界遺産として認定され、北イスラエル王国のオムリ王とアハブ王の首都であり、聖書の話や、ハスモン王朝の王ヨハナン・ホルカノスによる町の征服などが有名である。パレスチナ自治政府の公式HPでは、ユネスコの認定に関してはそのままだが、北イスラエル王国の首都やユダヤ人の王に関する記載は全て削除されている」と語った。

最新記事

すべて表示

独立戦争時に戦死した植物学者トビヤ・クシュニルの花を辿って

「トビヤはまだ黒く希少なアイリスを栽培している」と、ナオミ・ショメル(注:黄金のエルサレム作曲家)の歌に記され、毎年秋になると「自分の庭に吹く狂った風が、殆どの白ユリをなぎ倒す」と描写している。73年前のトビヤ・クシュニルの事を歌っており、パルマッハ隊に入隊して独立戦争で戦死した。享年24歳であったが、イスラエルの地の自然調査の発見に多大な貢献をし、一部は世界規模の重要な発見でもあった。 「当時イ

5月23日から接種済みの観光客は、イスラエル訪問許可

イスラエルは5月23日から、グループ旅行の外国の接種済み観光客に国を再開する。このように保健省と観光省の共同作業チームによって規制が決定した。決定される人数制限に沿って観光客グループはは到着し、第一段階の結果に沿って、現在の方向で感染が継続するならば、グループではない観光客の規制拡大が可能となる。 各省間チームには、市民医療サービス責任者のシャロン医師と、コロナ総責任者のナフマン教授、及び専門家が

今年の独立記念日には何処へ飛べて幾らかかるか

独立記念日(4月15日)を前に市、接種証明書保有のイスラエル人に新しい渡航先が加わった、アブダビだ。同王国の国営航空会社のエティハドは、イスラエルとUAE間の直行便を始めて運航したフライ・ドバイ航空会社に加わり、第一段階として週2便を飛ばす。イスラエル人は同国では隔離を必要としない。 ドバイとアブダビ間も再開した。イスラエアー社営業販売副責任者のギル氏は、「イスラエル人にアブダビが再開してから、ド

熱気球 - ピンク
パイナップルのアイコン - イエロー
包まれたギフト
Wine%20Bucket%20Icon_edited.png
イスラエルのフォトアルバム

© 2020 Saigoaki. All Rights Reserved.