中国の影だけではない:日本経済の最大の問題点

日の出国か、沈む国か?世界の殆どの国のように、この1年間は日本にとっても大変な年であった。健康面、社会面と共に、経済的、政治的側面も同様である。先週日本の菅首相が、1年のみの役職を退くことを発表した。これもコロナ禍に於ける東京オリンピック開催の決定への多大な市民の批判、また市民の首相に対する支持率の大幅な低下を背景としている。

 しかしいつもこのような状況では無かった。約20年間、80年代末から2010年まで、日本は小さくも大きくもない国であり、1億2千600万人の人口を抱え、アメリカに次ぐGDPで世界第2位の経済大国であった。アメリカの占領で破壊された国から、アメリカの本当の経済競争相手にまでどうやって上り詰めたのか、中国との競争でその地位をどうやって失ったのか、日本が将来に世界的ロボット大国となるのかどうか?

 アメリカのサウス・カリフォルニア大学経済課上層講演者で、日本で育って教育を受けた日本経済の専門家であるロバート・デケル教授は、封鎖された島国が、どのように世界で経済大国に発展したかを説明してくれた。「その歴史上の殆どで日本は、海外に対して封鎖を続けてきた。1860年に封鎖が解除され、1930年代までに急成長を遂げ、既に先進国の仲間入りを果たしている。例えば第二次世界大戦では、独自の武器、戦闘機、戦艦などを自国で製造し、この時代に既に日本人は鉄鋼や電子機器でも突出していた」。

 「世界大戦で日本は完全に破壊された。アメリカによる工場や施設の空爆により、自国の3分の1の資産を失った。同時に日本兵は本国へ戻り、全員の為の十分な食料もなく、産業界は大打撃を受けていた。戦後の1945年から1953年まで日本はアメリカの占領下にあった」。

 教授によると、「アメリカは日本を支援する理由が幾つもあり、その一つはソ連と中国の出現である。アメリカ人は、世界地図のこの地域に強い西洋経済の基盤を必要としていた。その為にアメリカは日本経済の復興の為に多大な資金を投資した」。

 「当時朝鮮戦争が開始し、アメリカも参戦しており、日本はアメリカ軍に必要な物資を提供していた。これらにより日本は急成長を遂げた。日本が元に戻った徴の一つは、1964年に東京で行われたオリンピック競技である」。

 「これらは1970年代に終了した。日本はそのテンポを強め、輸入も通じて世界技術との差を縮めた。次は独自の技術を製造する必要性があり、それにはより複雑で時間を要する。もう一つ経済成長に悪い影響を与えたのは世界オイルショックであった。一方で経済豊かな国でありながら、もう一方では自然資源に不足しており、高いオイル価格は日本にとって最大の問題となった」。

 しかしそれにも日本は順応した。「日本人はオイル利用の形を、アメリカやヨーロッパより急速に最大の効果率に変えた。オイルショック後には急成長は無かったが、しかし成長を継続し、主に車と電子機器の輸出であり、殆どがアメリカに対してであった」と説明している。

 ここに日本経済に関する大きな相違がある。教授によると、日本人は技術ではなく、電子機器の製造者であったとのこと。「構成部品は自分達で改造することに成功したが、例えばコンピュータは、日本のハード製品であったが、西洋の稼働システムかそのコピーを使用していた。今日まで日本人はソフトとインターネット分野には強くなく、アメリカや例えばイスラエルのレベルでもないのが、今日でも彼らの最大の問題である」と説明している。

 この段階で日本は、世界の偉大な経済大国となった。面積ではより大きいアメリカ経済の約80%にまで到達し、経済競争はアメリカ人との貿易戦争にまで発展し、中国人が出てくるまでのずっと以前の話である。

 「G'諸国の中央銀行頭取達の会合が1980年代にもたれ、日本円に対するドルを弱め、アメリカへの日本車輸出を制限し、日本からの輸入税を増加させるステップが決定した。これらは日本の経済をデフレに突入させ、そこから出る為に日本は殆どの国々が経済危機で行動するように、コロナ禍でアメリカもそうであったように、利子率を最低限まで下げた」。

 しかし利子率の低下も幅広い経済的影響がある。日本の場合には、この決定は株価と不動産価格に巨大なバブル価格を引き起こした。「結果的に、値段は市場に適応していなければならず、株価は同社の利益に適応し、もし利益が拡大しなければ最終的に株価は下がる。これは不動産価格も動揺であり、家賃も上昇を継続しなければならない」。

 「1987年から1991年又は1992年の間に、日本の価格は天にまで達した。一番有名な事例は、東京の皇居の土地であり、面積はそんなに大きくはなく、歩いても1時間以内で一周できる大きさであるが、カリフォルニア全体以上の価値があった。これらの価格と取り組むために、当局は利子を上げた」。

 「この段階で中国の進出と、日本人の強くない技術開発を背景とした利子の上昇は、現地と海外の投資家達に、日本の将来は考えていたよりそんなに素晴らしいものでは無いという理解を引き起こした。バブル崩壊と共に株価は5年間で3分の1にまで低下した。バブル崩壊から20年後のやっと今年になって、株価は同じレベルにまで戻ってきた。実際に90年代から現在まで、日本の経済は大きく成長していない」と教授は説明している。

 しかし90年代の経済危機は、それ以前のものより長期間影響を与えるものであった。アメリカのサンディエゴ、カリフォルニア大学日本経済専門家のオルリッケ・シェイダ教授によると、日本が自国史上最大のファイナンス危機と取り組んでいる時に、台湾、韓国その後中国が電子機器産業の日本の地位乗っ取りを開始した。

 「それと共に、この危機では日本の特に成功した企業に好機を与えた」とオルリッケ教授は強調しており、この問題のより楽観的な角度を紹介している。「日本の企業はより複雑な分野に進出することが出来、中国人が製造することに成功しなかった、例えばディスプレイ用ケミカルである。世界の電子機器製品の殆どのようにコンピュータ、テレビ、携帯電話のディスプレイは中国で組み立てられている。しかしディスプレイの中にある化学物質は、殆どが日本で製造されている。日本はこの分野の世界市場の70%を占めている」。

 もう一つの例としてはフォトレジスト分野であり、部品を走る電気量を制御する為に使用する電気構成部品であり、半導体やチップの製造に必要なものであり、携帯電話の第5世代チップなどもそうである。「この分野の世界市場の97%は日本の企業が占めている」とオルリッケ教授は説明し、日本は殆どの電子機器にあるマイクロコントロール市場、自動車用ハンドリングシステム市場をコントロールしていると指摘した。つまり家、カバンや手に持っている殆どの電子機器は、日本の部品がベースとなっており、オモチャ、プリンターや、携帯電話、及び自動車部品まで及んでいる。「世界は日本を必要としている」と彼女はまとめた。

 「まず日本でも、最先端企業が全てこれらの製品を製造できる訳ではない。今日の状況では、日本の利益の約80%を、日本企業の約20%が得ている。また日本は非常に小さい国である。日本全体の労働力は、中国の大都市3つにしか相当しない」。

 オルリッケ教授によると、中国は日本が最先端を行っていた分野にも進出したが、まだまだ日本のずっと後方だ。「殆どの場合、中国人は数兆ドルが設けられる分野にしか興味がなく、例えば電気機器、薬品などである。電子機器市場は複雑で小さく、日本人がその技術を改善しているだけならば、中国人はその姿勢で安全なままで居られる」。

 もしそうならば、何故日本はハードと電子機器産業に専念し、エンドユーザを対象としたソフト、例えばフェイスブック、アマゾンやグーグルに進出しなかったのか?ロバート教授によると、主な理由は文化的なものであるとのこと。

 「90年代半ばに、日本には世界で最先端の携帯技術があった。問題は、日本国内市場から外に発展できなかったことだ。技術はアメリカやヨーロッパの基準に沿っておらず、殆どのソフトは日本市場に特化したものでり、西洋諸国用では無かった。それが結果的にこの分野に於けるアメリカ技術の進出となった。技術となると日本人は素晴らしい。しかしコントロールレベルになると、西洋市場に進出することが出来ない」。

 「例えば中国では状況が異なる。アリババが中国国内だけで販売したとしても、巨大な市場となる。日本はそんなに大きい市場ではない。日本用のみの技術を製造することは不可能だ。その為に中国が日本を追い越したのは驚くことではない。それはインドがいつか日本を追い越すことも時間の問題である」と語った。

 オルリッケ教授の観点でも、これは文化的な問題であるが、少し違った角度から見ている。「日本社会はとても製造アートに誇りを持ち、これに関する特殊な日本語も存在する。それは侍時代にまで遡り、刀や刃物の製造準備にまで及ぶ。その為に日本人は機械に必要なソフトに関連したことのみに従事し、例えばロボット工学、AI技術やカメラの作動システムである。しかし日本の教育システムは、エンドユーザを目的としたソフトとして方向づけられていない」。

 ロバート教授もオルリッケ教授も、日本経済に今日損z内する主な問題が幾つかあり、全てがお互いに関連していると指摘している。人口の老化、厳しい移民政策、男性のみで古い政治環境だ。

 「日本は人口の老化問題に関して何か手を打つ必要がある。移民政策でも過去数年間で少し前進し、海外からの労働を輸入することの手助けになり、主にエンジニアなどの技術分野で必要としているが、未だに十分ではない。またここに教育システムの理由もあり、勉学と記憶に関しては素晴らしい教育システムであるが、新しくない。外国人でも自分の子供達が勉強したいような、より柔軟な物を可能にさせる必要がある」とロバート教授は語った。

 厳しい移民政策も、日本の封鎖文化が起因していると説明している。「西洋諸国の殆どはこれを理解できないが、これは日本が受け入れられないものである。例えば国内では日本人ビジネスがいつも優先される。海外の企業は日本の企業に投資出来ない。殆どの日本企業は相互の株を保有しており、主に海外からの干渉を受けたのは小さい失敗した企業であり、大手企業や成功している企業ではない。今日これは少し変化したが、それでも全く消滅したわけではない」。

 もう一方で、「日本人は日本人であることがなんであるかを再認識し始めている。日本は、大多数の割合が日本人であれば日本であると信じている伝統的な日本人の他に、殆どの若い世代ではこれを受け入れていない。例えば今年のオリンピックだが、聖火に点火したのは大阪なおみ氏であり、父親はハイチ出身の日本人系のテニス選手だ。30年前にこんなことは起きなかったであろう。例えば日本の政界に於いて、全員が平均70歳以上であり、女性は殆どいない」。

 何故人口が縮小しているのか?カナダのトロント大学講師で日本の政治経済専門家のフィリップ・リプシー教授によると、伝統的な問題ではなく、近代日本で受け入れられているノルマに主に関連しているとのこと。「とても長い期間、労働者は遅い時間まで残り、同僚と一緒に飲みに行くことも期待されていた。その為に多くはとても遅い時間に帰宅していた」。

 「この理由により、両親が共稼ぎするには殆ど不可能であった。小さい子供が家にいるのに、両親が23時に帰宅するのは不可能である。その為に殆どの家庭では女性が家に残った。時間と共に女性は、主婦業に専念し、子供を産んで子育てで収入が減ることは優先出来ないと理解した。これに影響したのは税制でもあり、両親にとって楽なものでは無かった」。

 人口の老化があるが、オルリッケ教授は日本の将来により楽観的なことを予言している。「2050年までに日本は世界で最小の国の一つとなり、1億人以下になるであろう。しかしこれには好機もある。まず人口の老化は技術の進化と共に進んでいる。その為に、古い産業の成人した数十万人の失業者に労働を見つける必要性が無くなり、技術が彼らの代用となって、人間は定年退職することになる。次に成人した人達の殆どはよりお金を持っており、消費も少なくない」

 「日本の最大の問題はリーダーシップである。政治観では殆どが老人男性によって構成されており、保守的でリスクを持とうとせず、決定意思もなくそれに関して動こうともしない。決定されれば日本全体が良いテンポで前進するが、物事を決めるまでに時間がかかり過ぎる。これは日本の大手企業が活動することを止めさせ、競合に損傷を与えることとなる」とオルリッケ教授は説明した。

 しかし教授は、問題の一部は政治的環境のみではなく、様々な優先事項にも関連していると指摘している。「日本人は低くても比較的安定した年間成長を優先し、解雇無しで人口を不安にさせず、長い目で見ればこの方法が安いと信じている。世界で2位か3位などは関係なく、主に経済がちゃんと動いて市民にとって良ければいい。問題は近代的な世界では、遅い政策は遅すぎて船に乗り遅れ、後ろに取り残される恐れがあるということだ」。

 それ以外にまた、フィリップ教授は、日本の男性エリート社会が、政治のみだけではなく、市場も支配していると説明した。「日本の労働力の男性が占める割合は、女性の割合よりとても高い。殆ど日本人女性労働者は、男性に反して20代半ばで市場を離れてしまう。その後仕事に戻ってくるが、パートやとても低い給料となっている」。

 「政府は産休計画と、保育園を促進させることを試み、女性の労働者数も増加したが、女性の仕事は不安定である。その為に例えばコロナ禍では、男性より女性の方が解雇のリスクが高い。もう一点は、市場の上層経営陣に女性が殆ど存在しておらず、この分野でもある種の前進があったにも関わらずである」。

 またここでも、男性と女性の差の主な理由としては、年齢の差があると指摘している。「日本は縦社会で、年上に尊敬がある。これらの年上は、非常に保守的な社会ノルマの時期に成長した人達だ。40歳以下の若者にはこれは既に古いが、政治や経営陣は主に年上の人達によって構成されており、同じ政策が継続される起因となっている」。

 「今年のオリンピック中に、主催者側の一部のセクハラが暴露された事件が幾つか起こり、殆どが50歳以上の男性で、これは日本人のリーダーの一部が、国際定義ノルマから完全に孤立しており、この課題に関する社会の関心を引き起こした」とフィリップ教授は指摘した。

 日本は何処へ向かっているのか?オルリッケ教授は、「日本の将来は、最先端のデジタル時代に利用されるハードに関連した部分にある。ロボット工学、ドローン、宇宙工学に使用されるセンサーから、携帯インフラまでなどだ」と考えている。

 ロバート教授も最先端技術に日本の安全地帯があると考えている。「日本が非常に進んでいる課題の一つは、ロボット工学であり、主に完全自動車産業分野や、工業用ロボットなどである。これはサイエンスフィクションのように聞こえるが、日本人なら成功できると考えている。期待としては、これがソフトの不足問題を解消する分野だと思えるし、これで日本人が前進すれば世界にも輸出できる。しかし日本人はまだそこまで到達していない」と語った。

 フィリップ教授は、日本のロボット市場に関しては、そんなに楽観的には考えていない。「携帯市場と同様に、最低でも消費者用ロボットに関することでは、日本はこの分野でとても最先端を行っているように見えるが、工業用ではない。例えば、既に今日公共機関の駅には日本のロボットがあり、利用客を支援している。しかしこの市場は十分に拡大しておらず、他にアメリカ・テスラ社などの他の企業も存在し、彼らもこの分野に進出すると発表している。その為にこの市場に於いて、日本が国際競合で消されることになっても私は驚かない」と語った。

 背景には他の問題も出てきており、中国が急激な速さで成長を継続している。「中国が肉体的に日本に損傷を与えることをしなくても、隣にある非常に大きな国が経済に影響を与えることは少なくなく、アジアの日本経済の自由が奪われる恐れがある」とロバート教授は説明した。

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