ラビの教えの儀式と習慣は異教が起源(前編)

 ユダヤ教ラビの伝統として知られている儀式の一部のリストだが、異教が起源となっていることに関する説明だ。この論文では、以下の儀式や習慣を調査している。ヒンナ、トイレの悪魔、ガラスのコップ割り、占星術と幸運、ゲマトリア、転生、リトルマーメイド、魔術、迷信、傲慢、海の神、追悼の祈祷、お守り、聖なるロウソク、プリムのカーニバル、ヒルラ、義人の墓でのうつ伏せ、聖人の絵、パンの分配、過越し祭前夜祭とシンポジウム。

ヒンナ

 ウィキペディアには、ヒンナ(ヒナ)儀式は結婚式前に行われ、中東、北アフリカやアジアの様々な民族の間で習慣となっていると書かれている。その儀式では新郎新婦の手に、ヘンナから摘出された赤橙色の材料を塗り付ける。ヘンナをコインの形に塗り付け、豊かさと幸運の象徴としている。

 某サイトで誰かが質問していた:「自分の質問はヒンナ儀式に関してです。ユダヤ教(元から?)の起源は?これはイスラエルの習慣で、このような決まりだと聞いた」。質問者がこの儀式に反対していると考えたラビ・ヨセフはこのように答えた:

 「この習慣は、多数の聖なる清らかな習慣と同様に、そのベースは聖別であり、理由は律法で、最古の習慣となっている。あなたが聞いたことは無駄で醜い内容であり、一滴の真実も無い精神的に欠如したことである」。

 しかしヒンナの儀式は聖書の何処にも出ておらず、ヒントになるものさえ無い。この儀式はモロッコ、インドやイエメンなどのイスラム諸国に住んでいたユダヤ人達の間だけで普及しているのは興味深い。その理由は明確だ。イスラム諸国に住んでいたユダヤ人達が、異教徒の隣人が行っていた習慣を取り入れただけで、イスラム教徒達はヒンナの儀式を神聖の美徳と考えていた。アラビア語では「ハンナ」と呼んでおり、神聖と幸運の美徳との関連性を含み、ユダヤ教でもイスラム教と同じように儀式を行っている。イスラム教のハンナ儀式とユダヤ教のヒンナ儀式を比較すればとても分かり易い。

トイレの悪魔

 教えによると、トイレに入る時には必ずドアを閉めることを厳守し、そこで話したり祈ったりすることは完全に禁止されており、勿論ユダヤ教宗教道具を持ち込むことも禁止されている。謙虚さの為に明確で理解できる禁止理由と思えるが、この教えを過度に厳守する別の理由が存在する。それはトイレの悪魔と悪霊の存在に於ける、ユダヤ賢者達の古代信仰に関係している。

 マラン・ハイム・ヨセフ・ダビッド・アゾライと有名な解釈者から、謙虚さの事柄以外にトイレにいる危害を加える者(悪魔)に対する危険への懸念もあり、そこで話す者に危害を加える恐れがあるとされている。この理由から危険が懸念されている為に、多大な必要性があるので軽んじてはならないということのようである。

 ラビ・ヨハナンとラビ・ナフマンの著書では、「生徒達が(トイレへ)入って守られる為に、彼等から祈りの箱を取り上げることはしなかった…ラシは、彼等は祈りの箱と(一緒に)入り、祈りの箱が危害を加える者から守ってくれるようにしたと注釈している」。二人のラビは、トイレにいる悪魔に対するお守りとして彼等を守ってくれるように、祈りの箱と一緒にトイレに入る許可を受けていた。バビロン・タルムードでは、トイレの悪魔から身を守る特別な呪文さえ提供している:「アカルカフィ、ダリ、ヴェアオッシー、デゴリヤタ、アシュカフトン、レシダイ、バル、シリカ、ファンダ、べミスラ、デハルティ、ハバティヤ、ベロア、ダフマラ、ハタルティヤ」。タルムードではまた、トイレの悪魔が一緒に付いてくるので、男性はトイレから出た直後に妻と寝ることを避けるべきと記している。もし注意しなければ、子供達は癲癇になるとも。

 ハガイ学者は、ユダヤ教賢者達の文献から悪魔に関して調査し、ユダヤ教ラビ達によると、「殆どの時間悪魔たちは主に空の家、廃墟やトイレなどに存在している」というのを発見した。学者によると、「かつて様々な悪魔達がトイレに住んでいたが、最もそこに住み着いていたのは特別な悪魔で、トイレの悪魔と呼ばれていた。ユダヤ教賢者の一人がトイレにいる時にその悪魔と出会った時には、気を取り直し、腹に力を込めて、驚いた悪魔の顔に次の呪文を唱えた…そうするとトイレの悪魔は敬意を表して、出てきた元の穴に戻っていく」。またタルムードではティベリアのトイレに関しても記しており、日中でもそこに二人入ると悪魔によって被害を受けたとある。また他の場所では、トイレにヤギの形と似た悪魔がいたとも報告されている。

 ラビ・ビニヤミンも著書の「マランからマランまで」の中で、トイレで話すことを禁止する教えは、そこにいる悪霊や悪魔への危険が要因していると記している。ラビ・ビニヤミンはラビ・オバディア・ヨセフの言葉を引用し、常時洗浄しているトイレはいつも綺麗なので悪霊が存在する危険はなく、これらの悪霊は汚れと汚物を好んでいるからだとのこと。ラビ・ヨセフのこの決定は、異なるラビ達の厳しい非難を受け、今日でも悪霊はトイレに存在していると主張している。作家のヤアラ氏は自身の著書「窓の間の夢」の中で、タルムード、注解書とゾハルから引用し、トイレの悪魔の危険性を注意している。ラビ・ダニエルは、性行為の前にカップルはトイレに行く義務があると解釈しているが、「しかしトイレ直後に行為を開始してはならず、数分待ってトイレの悪魔が一緒に来ないようにする」とも書いている。

 トイレに存在する悪魔に関する理解を賢者達はどのように得たのか?聖書にはそのヒントさえも存在しない。しかし他の民族の間にはそれが存在している。ラビ達は、トイレの悪魔の存在を信じた民族の、古代異教の伝統を受け入れたのだ。トイレに住み着いていた古代悪魔の幾つかをリストアップしてみた:

・バビロンの悪魔「ソラック」:古代バビロンの文献によると、ソラックはトイレに隠れることが好きで、犠牲者は重篤な病気に感染すると描写している。

・日本の悪魔「厠の神」:トイレの神として日本の伝説で知られている。

・中国の悪魔「ジゴ」:女性の中国古代悪魔で、トイレの恐怖となった。

・モアブの悪魔「ベルフェゴール」:中東の悪魔で、伝説によるとトイレで復活した。

・悪魔「クロアシナ」、「ストラスティウス」、「カルピトス」:古代ローマの悪魔で、トイレに住み着いていた。

・アラブの悪魔「ジン」又は「ジニウス」:イスラム教伝説の悪魔で、コーランによるとトイレに隠れるのを好んだ。

・リリット:聖書では言及されていないが、男性を誘惑する悪魔として、古代中東文化では幅広く知られた名前であった。アッカドのリリットはユダヤ教賢者達の文献にも見られ、そこで彼女は性に対する宗教的・社会的境界を設定し、男性的・宗教的確立の力を強化する手段として機能している。

 イザヤ書34章14節には、「野の獣はハイエナと出会い、鬼神はその友を呼び、夜の魔女(リリット)もそこに降りてきて、休み所を得る」と記している。この聖句は、エベン・エズラが解釈したように、主に夜中に活動する羽を持ったものに関して書いている。一方シオンの要塞の解説者は、単純化から逸脱し、「リリットは悪魔の母である」と決めている。タルムードでは、リリットは人間の顔と両羽(ラシの注釈を参考)を持った悪魔として描写されている。中東の天才時代のラビの注釈書「アルファ・ベータ・デヴァン・シラ」によると、リリットはアダムに最初に与えられた女性で、エバが創造される以前の話であるとのこと。しかしリリットはアダムに従うことを拒否し、エバと取り換えられて、生まれてくる男性を殺す悪魔となった。

 これらの伝説は聖書には出てこないが、主にアッカドとアッシリア帝国の古代中東民族のメソポタミア神話の間に普及していた。

 リリットの悪意ある活動に対する陶器のお守りと美徳は、異教文献と数百年後に書かれたユダヤ教賢者達の文献にも存在している。研究者達の中にはユダヤ教賢者達は、リリットの神話を利用してエバのイメージに対するアンチテーゼを作り出したと考えている。リリットは、宗教が抑制することを要求する特性を持ったイメージを象徴している。彼女は反抗的で、アダムと地位が平等だとしていた。彼女は彼に従わず、性の自由を自分に与え、母親になることは拒む準備はあっても、自分の自由や独立を犠牲にせず、家に残ることも無く、外で遊んでいる。女性全員が模倣しなければならない理想的な女性像として、エバの従順的で依存的なイメージとは対照的に、これら全てをユダヤ教賢者達は否定的に見ることを要求した。

結婚式のガラスのコップ割り

 ラビ・メナヘムは、この習慣を深く調べることを要求した。純粋な調査後に、伝統的な理由(例えば第二神殿破壊の記憶)は、十分ではないという結論に至った。この習慣は彼の意見によると、結婚式のような新しい始まりに固執しようとする悪魔の邪悪な力を打ち破る為だとのこと。ラビ・ヤコブは彼の知る限りでは、コップを割る習慣は壁にガラス製品を叩きつけることから始まり、その行為と神殿破壊との間には何も関係はないと付け加えている。

 ラビ・アロンの主張では、この習慣はユダヤ教が起源ではなく、異教の祭り「ハロウィン」に最も近いとしている。彼によると、中世時代には多くの人達が悪魔は突然襲い掛かると信じており、特に嬉しい時にそれが起きるとされていた。ガラスを割ることは楽しいイベントではなく、悪魔の目の前で起きているのは災難であると悪魔を信じさせるために、悪魔を騙すことを意図とした精神的な悪戯である。又はそれによって悪魔がカップルを離れて、それ以上被害を出さないと考えられていた。ラビ・アロンは、中世時代のドイツのユダヤ人会衆は、結婚式の時にシナゴーグの外壁に埋め込まれた特別な石にガラスを投げる習慣があったと言及している。

 マントラの反復。マントラは音節、単語と文章を何度も何度も繰り返すことである。この行動には精神的力があると信じられている。マントラの起源はヒンズー教のようで、元々はサンスクリット語で行われていた。今日殆どの宗教では、日常の祈祷にマントラが使用されている。ラビの教えでは、必要に応じてお守りのように使用される専用マントラの使用を導入している。幾つかの例を挙げてみる:

・無くし物を探す時には3度反復:「ラビ・ビニヤミンはこういった:あなた方の目を祝福された聖なる方が開くまで、全てはスミンの力である。それから神が目を開かせて井戸を見させるので、行って皮袋を一杯にする。アルハ、ダマイール、アナニ、アルハ、ダマイール、アナニ、アルハ、ダマイール、アナニ。ラビ・メイール・バアルハネスの追悼に寄付した慈善行為のお陰で、彼によって我々は守られ、失ったものを発見することが出来る」。3度反復する「アルハ、ダマイール、アナニ」とは、ラビ・メイールを神格化する最も問題がある部分だ。確かにインターネット上では、この困惑を説明しようとするラビ達の試みで一杯になっている。

・ラビ・オデッサーの主張によると、「ナ、ナフ、ナフマ、ナフマン、ミウーマン」と唱えたり歌ったりすることは、救いを近づけることだと言っている。これは、「ブレスラフの我々の師ラビ・ナフマンによって、天から送られたメモに記された素晴らしい美徳であり、彼の著書”リクテイ・モハラン・タニナ・トーラ8章”の中で、単純な恵みの歌が将来出現すると約束している」。

・災いから守られる為に、ゾハルの書物では特別な美徳を提案している:毎日「賛美の指揮者」を唱える。

・外出する前には、イサクの犠牲の聖句を唱える。

・問題から回避する為に、ABIの文字で始まる聖句を唱える。「あなたはわたしの隠れ場であって、わたしを守って悩みを免れさせ、救いをもってわたしを囲まれる。[セラ](詩篇32:7)…とこしえに主に信頼せよ、主なる神はとこしえの岩だからである。(イザヤ書26:4)…主はその民に力を与え、平和をもってその民を祝福されるであろう。(詩篇29:11)」。これの代わりに次の聖句を13回反復することも可能であり、全ての災いから助けられる:「旅に出て、周りにある町々は神の御許にあり、ヤコブの子らを迫害しなかった」(ラビ・シュロモ・オッフェル、良い日々を生きていきますように、アーメン)。

・何かに成功したい人は、次の聖句を普通に、また逆さまに3度唱える:「しかし、わたしはあなたのみ力をうたい、朝には声をあげていつくしみを歌います。あなたはわたしの悩みの日にわが高きやぐらとなり、わたしの避け所となられたからです。(詩篇59:16)」、その後にこう言う:「わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いがあなたの前に喜ばれますように」(詩篇19:14)。

 「ラビ・シモン・ベン・ラキッシュはこう言った:全力でアーメンと答える者全員には、天国の門が開かれる」。このマントラは、それを唱える者を真っすぐに天国まで連れて行ってくれるようだ。

・「就寝前に、ユダヤ人は”ベッドに於けるシュマアの祈り”を唱え、今日一日で我々を怒らせた者全員への許しを請う…悪霊から守られる美徳、護身の美徳、そして勿論世界の創造主である憐み深い我々の父と、我々との間の関係を強化させる」。

 これらが無数のマントラに関するラビ達のデータベースから取ったほんの一部であるが、全ての目的に適応した特別な美徳を持ったお守りとして使用されている。前述のように、その方法は明らかに異教が起源となっており、これらと聖書的ユダヤ教との間に、何ら共通性はない。聖書にはマントラの反復は全く存在しておらず、聖書の登場人物で誰かそれを行ったとも記されていない。

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