ヘブロンからドータン・バレーへ:ヨセフの運命的な足取りを辿る

 この話の地理的な環境は、時々それが主役となり、特別な意味を持ち、ただ単に景色や飾りではないことがある。今週の聖書朗読箇所であるヨセフへの裏切り話は、ヤコブがヨセフをヘブロンからシケムにいた兄弟達の元へ送ったことで知られている。

 何故父親の家畜を放牧するために、南のヘブロンから北のシケムまで長距離を兄弟達は歩いて行ったのか?距離にして約120kmとなっており、一人でずっと歩き続けたとしても約24時間かかる距離である。10人の兄弟が羊やヤギなどを連れて山間を歩いて行く姿を想像してもらうと、そんな簡単な話ではなかったことが分かる。数日間も歩いて行く距離であるのに、何故兄弟達はヘブロンの家からこんなに離れている場所まで行ったのか?

 多分これはこの家族とシケムとの深い関係性にあると思われる。ヤコブは数年前にシケムで土地を購入しており、そこに所有地があったので強盗に恐れずに家畜を放牧できるので、シケムまで歩いて行ったのも可能性の一つだ。

 また雨不足が起こり、当時はイスラエル全地を干ばつが襲っていた為にシケムまで歩いて行ったのかも知れない。南部のヘブロンには牧草地が無くなってしまい、北部のシケムではまだ牧草が残っていたのかも知れない。

 しかしシケムまで歩いて行ったことをもう少し上からのぞき、広い歴史的な観点から見てみよう。ヘブロンとは接続を意味する語源でもある。ヘブロンには祖先であった人々が埋葬されている場所で、そこにヤコブとエサウは一緒にイサクを埋葬した。それに反してヨセフと兄弟達が向かったシケムは、分離の場所である。数百年後にシケムでイスラエル民族の最大の分離が始まり、王朝が二つに分かれてしまうのである。

 ヨセフが兄弟達と合流するためにヘブロンからシケムまで歩いて行くことは、接続と統一から分離と兄弟の嫉妬の町へ移動していくことである。しかしシケムは兄弟達が和解した場所にもなり、ヨセフの子孫達がエジプトからヨセフの骨を運び、イスラエルの地へ戻ってきた後にシケムにヨセフを葬った。これは修理と和解の一瞬であったのだ。シケムで分離し、シケムで統一され、シケムで祝福と呪いの山の場所で神との契約を全部族が共に誓い合った。シケムは統一の大きな可能性を持っている町でもある。

 数週間過ぎてヨセフがシケムに到着した時には、兄弟達をそこで見つけることが出来なかった。兄弟達は既に違う場所に移動しており、そこで良く知られていない人物が登場する。ヨセフはシケムで名前も容姿も分からない人物に出会い、彼がドータンに言った兄弟達にヨセフを仕向ける。知らずにやってしまったのか、それとも故意的であったのか、この人物はドータン・バレーの穴で終わるバッド・エンドにヨセフを向かわせてしまう。

 ドータン・バレーとは何処か?何故兄弟達はもっと北上してしまったのか?ドータンにあってシケムに無いものとは何か?ドータン・バレーはサマリヤ北部に位置しており、土地が肥沃で緑が特に多い地域である。もしかするとヨセフの兄弟達は、干ばつが酷すぎてシケムにも牧草地が残っておらず、ドータンまで北上したのかも知れない。ドータンでは雨量も多く、干ばつに対する解決案となっていたと思われる。ドータンという名前の意味も「水が無い穴」となっている。

 ユダヤ教賢者達の解釈では、「ドット」が穴という意味であり、町と谷があったドータンという名前は、兄弟達がヨセフを放り込んだ穴のように、この谷にあった多くの穴を表している。

 しかしこの話は、兄弟達がエジプトの奴隷としてヨセフを売り払ってしまう、東の高い山であるギルアド山脈からやってきたイシマエル人の隊商と兄弟達が出会わないと終わらない。イスラエルの地を東から西へ渡るには、イスラエルを南から北へ縦断している山々を越えて行かなければならない。その横断する道路の一つがドータン・バレーを通っていた。

 歴史を通じて様々な帝国の軍隊は、ドータン・バレーを通って北から南へ下っていき、今日海岸線道路に平行して出来ていた海の道を通って行った。多くの人達がこの谷を抜けて行き、サマリア山脈でも最大の谷となっている。この谷の戦略的な価値は、広い道路とサマリヤ山脈の境目にあることで、これは近年でも同様だ。第三次中東戦争ではここが激戦地となり、「ドータン・バレー」という名前の有名な曲が書かれ、ヨルダン戦車師団に重要な勝利をもたらした場所でもある。

 この谷の戦略的重要性から、谷の西側の入口にマボー・ドータン居住区が造られ、そこから東にそびえ立つギルアド山脈や、その麓には谷全体が見渡せるようになっている。テル・ドータンやヨセフの穴などの聖書的遺跡を訪問する旅行者の出発点ともなっている。

 これらの情報によって兄弟達がそこで何を探していたのか、ヨセフを買ったイシマエル人が何故そこを通ったのかが理解できる。しかし何故ヨセフはわざわざそこまで歩いて行ったのか?何故シケムで兄弟達が見つからなかった時に自宅へ戻らなかったのか?もしかすると兄弟の安否を問いた父親のお願いを実行するという強い想いがあったのか、それともこの場所に全員が同じ時間に集まるという神の御業があったのか。

 ヨセフの想いは純粋であった「兄弟たちを捜しているのです」(創世記37:16)。彼は兄弟達の平和と兄弟愛だけを求めた。しかし兄弟達は彼が到着する前に殺そうと図り、穴に放り込んで彼の叫びに耳を貸さなかった。

最新記事

すべて表示

ラビの教えの儀式と習慣は異教が起源(前編)

ユダヤ教ラビの伝統として知られている儀式の一部のリストだが、異教が起源となっていることに関する説明だ。この論文では、以下の儀式や習慣を調査している。ヒンナ、トイレの悪魔、ガラスのコップ割り、占星術と幸運、ゲマトリア、転生、リトルマーメイド、魔術、迷信、傲慢、海の神、追悼の祈祷、お守り、聖なるロウソク、プリムのカーニバル、ヒルラ、義人の墓でのうつ伏せ、聖人の絵、パンの分配、過越し祭前夜祭とシンポジウ

複数のトーラーとは口伝律法のことなのか(レビ記26:46)

「書かれたトーラー(注:聖書)には、我々のラビ・モーセは神から二つのトーラーを受け取り、一つは書かれたトーラーともう一つは口伝律法であり、このようにも書いている:”定めと、おきてと、律法である”。”律法”は単数形ではなく、”これらは主が、シナイ山で…モーセによって立てられた”と複数形になっている。複数形なのは何故か?一つは書かれたトーラー、もう一つは口伝律法であるからだ」(ラビ・シュロモ・シャブカ

チュニジア:「政府の後ろ盾」で、ユダヤ人に対する暴力の波

今日(4月8日)ホロコースト記憶日に、チュニジアのジェルバのユダヤ人会衆に深刻な攻撃が起きている。2人の現地人の男性が「祭司の島」にあるユダヤ人地区にやってきて、自宅前にいた20代のユダヤ人女性の首を長時間絞めていた。 幸運にも通行人が事件を察知し、襲撃者達を追い払うことに成功したが、地元の警察でも未だ犯人を確定できていない。ユダヤ人会衆では、今回の事件はチュニジアのユダヤ人会衆に対して日常的に暴

熱気球 - ピンク
パイナップルのアイコン - イエロー
包まれたギフト
Wine%20Bucket%20Icon_edited.png
イスラエルのフォトアルバム

© 2020 Saigoaki. All Rights Reserved.