プリム祭は過越し祭

 ユダヤ教ラビ達は、プリム祭をユダヤ暦に直ちに入れることを同意しなかった。バビロン・タルムードの巻物の章には、71人の賢者によって構成されている最高議会サンヘドリンのメンバーの一部が、モルデハイがアハシュエロス王の側近の一人になったことで彼を敬遠していたからだ。ラッシーは、彼の政治的役割が聖書を学ぶことを怠慢なこととし、エステルもユダヤ人ではない王様の王妃として残った事実が、ユダヤ人リーダー達にとって喜ばしいことではなかったと説明している。

 また預言者ゼカリヤがその書物の中で断食に付いて記している(ゼカリヤ書8:19)いるが、エステルの断食に関しては全く触れておらず、聖書で描写されている事件の数十年しか経過していないにも関わらずである。紀元前3世紀から西暦1世紀までに記された死海文書の中では、聖書の話が記されており、「ヨベル書」のような「外典」まで含まれているのにエステル記はない。

 長年多くの学者達は、エステル記の歴史的間違いを探そうと試みてきた。しかし本当に歴史が重要だと言うならば、紀元前485年から紀元前465年までハシアルシャ1世という名前の王がペルシャに存在しており、ギリシャ人の歴史家であるヘロドトスは、エステル記に記されているように女性とワインを好む人物であったと描写している。もし我々がこの王をアハシュエロスと呼ぶのが奇妙に思えるならば、ギリシャ人達は彼の事をクセルクセスと呼んでいたという事も覚えていて欲しい。

 エステル記に記されているように、治世の第三年に王は宴会を開いた。歴史的調査によると、このハシアルシャ/アハシュエロス王は、治世第1年から2年まではバビロンとエジプトとに対する戦いに暮れており、治世第3年になってやっとお祝いする暇が出来たようだ。スサは当時王国の冬の首都であり、王は毎年180日間本当にそこに滞在し、多くの客人達と食事やワインで宴会をしていた。

 「エステル記、仮面の後ろ」という題名の本の著作者であるタマル学者は、エステル記の著作者が、ペルシャの生活様式にとても熟知していたことを証明する表現を、どのように組み込んでいるかを著している。例えばエステル記には、「諸州の大臣たちがその前にいた」。古代ペルシャ語でプラタマという言葉は、「最初の者」という意味がある。ヘブライ語の意味では、重要人物は前列の席に座るという意味である。

 アハシュエロス王の宴会の描写には、「その飲むことは法にかない、だれもがしいらえっることはなかった」と記されている。古代ペルシャ語の「宗教」という言葉は「法」という意味である。当時の法律では、宴会では飲む必要があると決められていた。しかし王は誰にも強制することをせず、法律では飲む決まりだがそれを強いることは無かった。

 王妃ワシテがアハシュエロス王を激怒させ、エステル記には「そして王妃の位を彼女にまさる他の者に与えなさい」と記されている。もし高校で古代ペルシャ語を勉強することがあるならば、「ワシテ」という言葉も「最上の者」という意味がある。

 エステル記にはペルシャで起きた奇跡を記憶する為に、4つの律法を行い、その一つが「食べ物を贈る」という事である。プリム祭に近い3月に始まるノウルーズというペルシャの新年祭では、ペルシャ人達は隣人や知人に食料を贈ることを習慣としている。

 ペーサッハ祭、シャブオット祭やスーコット祭では、車に乗ったり光を灯すことは禁止されているが、プリム祭は実際には「平日」であるが労働だけが禁止されている。問題は一般市民がこの指示を受け入れず、ユダヤ教賢者達も自分達の制限された力を知っており、この日に労働を頑なに実行する者に対しては、職場で祝福を見ることは無いと脅迫してきた。

 ユダヤ教賢者達の一番の問題は、「ショッシャン・プリム」(スサ・プリムの意味)である。世界中ではアダルの月の14日目にプリム祭をお祝いするが、当時首都スサのように城壁に囲まれていたエルサレムなどの町は、その翌日にお祝いすることとなっている。平日でもなく祭日でもない日に一体何をするのか?

 2千年以上も前に書かれた巻物の章によると、そのことに関して詳細に描写されている。「道、歩道や沐浴場を修理し、多くの人が必要とするものをなす」。理解に困難であるならば、これはボランティアとして全民族が行わなければならない、社会の為になるサービス労働をしなさいという意味である(「善行の日」である3月16日にも良い事を継続することが可能)。

 新月の度に西の壁(嘆きの壁)の広場では、宗教的平等の獲得を要求する「嘆きの壁女性」グループとユダヤ教徒男性達とが争い合う。プリム祭の律法に関する巻物の章には、「小さな子供や女性でさえも7人の定員数に達する」と記されている。つまり女性も聖書を朗読して良いのだ。

 エステル記の朗読に関してユダヤ教賢者達は、ハマンの陰謀から命を救った奇跡には女性達も加わっていることから、女性達はエステル記の朗読を聞く義務があり(「時の経過した律法である為」女性はそれを免除されてはいる)、その為に女性達が男性達に朗読しても良い事になっている。今日では女性達だけの間でエステル記を朗読している。

 もう一つ変わった律法。メズザー(戸口のお守り)、トゥフィリン(おでこに付ける祈祷の箱)と聖書は、一文字でも消えていれば廃棄対象となるが、一部の文字がなくともエステル記の朗読は義務とされている。

 エステル記には、アダルの月にどのようにハマンがユダヤ人を殺そうと計画したか描写されているが、最後にハマンとその家族が処刑された。いつこれが起こったのか?バビロン・タルムードには、モルデハイはペーサッハ祭の第一日目に断食をし、この脅威がなくなることを祈ったと記されている。またタルムードには、その直後にエステルと全ユダヤ民族が3日間の断食を行い、その後に王がハマンを木に掛け、全ユダヤ人を殺す計画を中止することに同意するまでエステルは宴会を重ねて開いた。

 想像してみれば分かるが、過越し祭の前夜祭で4杯のワインを飲み、種無しパンを食べ、お互いに嫌っている親戚達と前夜祭の夕食をする代わりに、エステルの断食を守らなければならない。多分一部の人には悪いアイデアではないと思われるが、ユダヤ教賢者達はニッサンの月には律法に於いて断食を行ってはいけない決まりがある為に、そのコンセプトを受け入れられなかった。最終的に彼等はエステルとスサのユダヤ人達の断食は、ユダヤ人殺害の命令が中止された日の前日に当たる、アダルの月の第13日目に行うことを決定した。

 ハマンの耳(お菓子)はプリム祭の食べ物として知られているが、ユダヤ人社会では様々な物が食されている。アラブ諸国に住んでいたユダヤ人達は、プリム祭、新年祭とハヌカ祭の前夜祭では、ナツメヤシとナッツが入ったマアモールを食べる習慣があった。偶然ではなく、同じマアモールをイスラム教徒達は犠牲祭で食し、ラマダン間中毎日断食の終わりにそれを食している。

 モロッコや北アフリカのユダヤ人達は、プリム祭ではフィジョアルス(クルディスタン系ユダヤ人の間ではデブラと呼ばれる)を食する。小麦と卵で出来た薄い生地を深い油で揚げたものだ。違いはモロッコ系ユダヤ人はこれをシナモンとシロップで食べ、トルコでは生地にブランデーを加えていた。

 カフカス系ユダヤ人はプリム祭で「ヒソロット」、小麦、バター、ナッツと砂糖が混ざっているラッファ(ナンみたいなパン)のようなものを食べる。イラク系ユダヤ人は「ホルモロン」、切り刻んだ卵とナツメヤシをペーストにして油で揚げたものを食べる。チュニジア系ユダヤ人は「マクルード」、ナツメヤシのペースト詰めたセモリナ・クッキー(もっと人気があるのは、深い油で揚げた後に砂糖シロップに浸す)を食べる。

 クルディスタン系とイラク系ユダヤ人は、卵と焼いたパンとホムスが詰まったサンプサック(肉バージョンもあり)を食べる。もう一つの食べ物はズロビア(ザングーラとも呼ぶ)で、小麦粉、卵と水を混ぜた液体を油で揚げ、砂糖シロップに浸したものだ。パズアロスはスペイン・トルコのバラ・クッキーで、バラの形に油で揚げた長い棒状の生地から作っている。多くは砂糖シロップに浸して出される(デブラとシャバキーヤとも呼ぶ)。アシュケナジー系ユダヤ人(主にハシディズムユダヤ教徒)は、プリム祭でクラッパラフ、肉を入れた餃子団子を食べる。

 何故プリム祭でハマンの耳を食べるのか?明確ではない。ドイツ語ではMohntasheという名の食べ物があり、「ケシのポケット」という意味である。Mohnの言葉の音がHomon(アシュケナジー系発音のヘブライ語で、ユダヤ教徒達がハマンの名前をこう読む)ととても相似しているからかもしれない。英語圏の人達はこの食べ物を今日でもHamantaschen(ハマン・タッシュエン)と呼んでいる。

 前述の内容を注意して見てみると、様々な系列のユダヤ人のプリム祭の食事の殆どが、何かを詰めて焼き上げた物をベースとしている。ユダヤ教徒達の間では、その起源はカバラー主義であり、どのように「判決」が「恵み」によって包まれているかを示すためだと言うのが通例である。食べ物は判決とその隠蔽にも関連しているため、律法を守る多くの者は、判決に関連した他の日にもクラッパラフを食べている。もう一つの理由は、神の名前が完全に欠けている書物で見られるように、隠蔽という覆いの下に奇跡があり、それが物事を決定させているということだ。

最新記事

すべて表示

複数のトーラーとは口伝律法のことなのか(レビ記26:46)

「書かれたトーラー(注:聖書)には、我々のラビ・モーセは神から二つのトーラーを受け取り、一つは書かれたトーラーともう一つは口伝律法であり、このようにも書いている:”定めと、おきてと、律法である”。”律法”は単数形ではなく、”これらは主が、シナイ山で…モーセによって立てられた”と複数形になっている。複数形なのは何故か?一つは書かれたトーラー、もう一つは口伝律法であるからだ」(ラビ・シュロモ・シャブカ

チュニジア:「政府の後ろ盾」で、ユダヤ人に対する暴力の波

今日(4月8日)ホロコースト記憶日に、チュニジアのジェルバのユダヤ人会衆に深刻な攻撃が起きている。2人の現地人の男性が「祭司の島」にあるユダヤ人地区にやってきて、自宅前にいた20代のユダヤ人女性の首を長時間絞めていた。 幸運にも通行人が事件を察知し、襲撃者達を追い払うことに成功したが、地元の警察でも未だ犯人を確定できていない。ユダヤ人会衆では、今回の事件はチュニジアのユダヤ人会衆に対して日常的に暴

キッパを被るのは律法の義務なのか?

◎質問: キッパを被ることは義務なのか、それとも習慣なのか? ◎回答: 確かにキッパを被ることは聖書には記されていないが、しかしこれは義務である。聖書に記されているように、賢者達の声に従う事を神は命令している。「すなわち彼らが教える律法と、彼らが告げる判決とに従って行わなければならない。彼らが告げる言葉にそむいて、右にも左にもかたよってはならない」(申命記17:11)。 つまり賢者の教えに背いては

熱気球 - ピンク
パイナップルのアイコン - イエロー
包まれたギフト
Wine%20Bucket%20Icon_edited.png
イスラエルのフォトアルバム

© 2020 Saigoaki. All Rights Reserved.