ヒズボラの鼻の下:引裂きで契約が結ばれた場所への希少な訪問

 北部のワイルドなドブ山の僻地にある山頂の一つ、シリアとレバノンとイスラエルの3国間国境付近、市民が立ち入り禁止となっている有名な軍管轄地のど真ん中に、ユダヤ民族にとって聖なる場所が隠れている。この場所で、神とアブラハムとの間で契約が交わされた。今日イスラエルで最も危険で緊張状態の場所の一か所であり、旧約聖書の伝統によると、この地にユダヤ民族が帰属する歴史的、宗教的、及び伝統的錨が下ろされた場所である。

 スーコット祭とトーラー伝授の日に、我々はトーラーを読み終えて、また新しく読み始め、伝統によると神と我々の祖父アブラハム(当時はまだアブラム)との間で契約が結ばれたとされている、ブタリーム(引裂き)山を訪問するイスラエル軍からの特別許可を得ることが出来た。創世記第15章に記されている契約は、我々の祖父アブラハムに約束されたイスラエルの地の地図を描いており、「エジプトの川から、かの大川ユフラテまで」と記され、アブラハムの子孫達がエジプトに追放された後に、この地に戻って受け継ぐことが予言されている。

”また主は彼に言われた、「わたしはこの地をあなたに与えて、これを継がせようと、あなたをカルデヤのウルから導き出した主です」。彼は言った、「主なる神よ、わたしがこれを継ぐのをどうして知ることができますか」。主は彼に言われた、「三歳の雌牛と、三歳の雌やぎと、三歳の雄羊と、山ばとと、家ばとのひなとをわたしの所に連れてきなさい」。彼はこれらをみな連れてきて、二つに裂き、裂いたものを互に向かい合わせて置いた。ただし鳥は裂かなかった。荒い鳥が死体の上に降りるとき、アブラムはこれを追い払った。”(創世記15:7~11)。

 中世の時代には、ツファットのユダヤ人会衆の代表者達が、この聖なる場所で祈りを捧げる為に訪れていた。しかし19世紀末の治安と政治的状況により、ブタリーム山への参拝の聖なるユダヤ人伝統は中止されてしまった。

 1969年、6日戦争とヘルモン山占領の2年後に、ゴラニ部隊がジャッバル・ロス(ドブ山のアラビア名)で作戦を展開し、同地に立て籠った50人のテロリストを殺害した。それ以来ドブ山にはイスラエル軍が駐屯し、聖なる場所への祈祷と巡礼の道は、イスラエルのユダヤ人の為に再開され、この山へ大勢の群衆が来れるようになった。

 2000年にイスラエル軍はレバノンから撤退し、ドブ山は元の状態に戻り、ワイルドな無人地帯と敵が目前の危険地帯となり、一般人の訪問は危険とされて禁止となった。今日イスラエル軍とヒズボラとの残虐な戦場となっている。

 早朝にレバノン国境にあるフェンスに到着した。キブツ・ダンを抜けて、ローテム大隊のギブアッティ援助部隊と合流し、ドブ山の小隊隊長であるアディ隊長の指示に従った。入口の哨兵が重い鉄のゲートを開け、古代の伝統、ワイルドな自然、素晴らしい景色の隠れた霧の世界へと入り、アドレナリンが体中を満たし、この山に駐屯している前線部隊の兵士達のみが知っている場所である。ドブ山の軍管轄地に入る前に、隊長が注意事項を手短に説明してくれた。

 「ドブ山は北部で最も危険な地域であり、最も複雑でもある。一般市民は事前許可が無ければ立ち入り禁止となっている。許可が出れば、何が起きても対応できる治安部隊がエスコートをしてくれる」と語った。

 イスラエルで最も美しくくねり曲がった道に沿って、軍の車両が連なって進んでいき、高い場所に到着して空気が少し冷たくなる。急なカーブを曲がった後の道の途中で、突然隊長のジープが止まった。ブタリーム山に向かう登山道に到着したらしい。また注意事項を受け、これから徒歩で行くことを無線で連絡し、少し早歩きで、ブタリーム山に向かうことで興奮していた。

 山頂までの長い道のりは、茶色のとげとげの枯れ草や樫の木の木陰があり、91大隊の従軍ラビで、タフな前線兵士であるヨセフ少佐と話し合った。深く茂った森の中を歩いている為に、崖の何処を歩いているのか予想が困難で、兵士達は静かに早く歩きながら、全く無駄話をしない。

 従軍ラビの防弾チョッキには、ゴラン部隊のシンボルが入った大きなナイフと小さい軍用聖書があり、この速度で歩き続けるように助言してくれた。「もう5分で到着すると、そこからの景色を見れば、何故ここが切り裂きの契約の為に選ばれたのかが分かる」と教えてくれた。

 聖なる場所に向かっているのは知っているが、この道もとても特別で、鳥の鳴き声が聞こえて、草木の無い開いた場所ではレバノン、シリアとイスラエルの3国境の素晴らしい景色が見渡せる。ブタリーム山への道は、静寂で魔法のような自然があり、人は誰もおらず、野生動物が沢山いる。

 先頭を歩いていた隊長が突然立ち止まり、木々から突き出ている古い建物の不思議な白い丸いドームの屋根を指さした。少し行くと古代のイスラム教の建物が見えてきた。入口は北側からで、入口の上には1千年以上も前のアラビア語の聖句がある。兵士達は日陰で水を飲み、従軍ラビは聖書を取り出して、この場所と我々の祖父アブラハムとを関連付ける創世記の聖句を読み始めた。

 ”日の入るころ、アブラムが深い眠りにおそわれた時、大きな恐ろしい暗やみが彼に臨んだ。時に主はアブラムに言われた、「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう。しかし、わたしは彼らが仕えたその国民をさばきます。その後かれらは多くの財産を携えて出て来るでしょう。あなたは安らかに先祖のもとに行きます。そして高齢に達して葬られるでしょう。四代目になって彼らはここに帰って来るでしょう。アモリびとの悪がまだ満ちないからです」”(創世記15:12~16)。

 「全ては創世記から始まっている。アブラハムが4人の王を追いかけた後だ。その戦いはここで起きたのだ、ダンの下だ。勝利後にアブラハムは神に問いかけた:"わたしがこれを継ぐのをどうして知ることができますか?"。つまり彼は約束に安心していない。この地を継ぐことをどうやって知るのか?物質的な明確な証明を彼は欲しがり、ここで神は引き裂かれたものの間を通り、アブラハムに約束する、”あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう。しかし、わたしは彼らが仕えたその国民をさばきます。その後かれらは多くの財産を携えて出て来るでしょう。あなたは安らかに先祖のもとに行きます”。その後神は、この地の国境に関しても詳細に説明している。伝統によると全てはここで起きたのだ」。

 神がアブラハムに約束した、旧約聖書のカナンの地の景色を見る為に、我々は古い建物の屋根に上った。ガリラヤ山脈とシリア・アフリカ地溝の素晴らしい景色が目の前にあり、何故古代の人達がここが聖なる場所であったと認めたのかが理解できた。「ヘルモン山からのスニールや、ナフタリ山脈を見ることができ、南側には美しいイスラエルの全地が展望でき、この地をあなたの手に与えるという言葉の意味が分かる」と、ラビが景色を指さしながら説明してくれた。

 2千年の離散の後に、この地を神がアブラハムに約束したとされている場所にイスラエル軍兵士達と立つことは、とても感慨深いものである。従軍ラビも景色や雰囲気に感銘を受けていた。「ここにいることで気持ちが高揚する。親愛なるイスラエル国民を守ることと、聖句の通りにこの地を受け継ぐことを組み合わせた、多大な権利が私達にはある」と語った。

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