ハイファ付近で発見された、食用オリーブ生産の古代証拠

 考古学的発見物と碑文が、食用、照明用、宗教儀式用、衛生用や化粧用として古代にオリーブオイルが広く使用されていたことを学ばせてくれるが、いつからオリーブを食用として消費してきたのかは謎となっている。歴史的な研究によると、食用オリーブの消費はヨーロッパで紀元前1千年、エジプトではアレキサンダー大王の征服後に始まったとされている。しかし食用オリーブはずっと以前からハイファの地域で利用されていたことが判明した。

 Scientific Reports誌に発表された研究は、ハイファ海岸線沖の銅器時代の遺跡「ヒシュレイ・カルメル」で発見された研究結果に基づいており、食用オリーブの利用は今から6,600年前から始まっていたという事が判明した。この研究にはハイファ大学、テクニオン工科大学、テルアビブ大学、ヘブライ大学、ボルカニー研究所やその他の研究機関が参加した。

 ハイファ南部の付近にある工場の名前で呼ばれた遺跡で実施された今回の研究では、中期銅器時代のオリーブの種が発見された。想定によると6,600年前には地中海の水位が現在の水位より3~4m低かったとされており、現在の海岸線より約200~300m遠く、この遺跡は古代海岸線の近くにあったことが分かっている。遺跡では居住区の跡は無いが、周辺から採集された石で建設された直径1.5mの円形の施設が発見されており、研究者達の想定では保管用の穴か井戸として利用されていたとされている。水中調査中に研究者達は、殆どが完全体の良好な状態で、水を含んだ数千個のオリーブの種が入った、二つの楕円形の石の建造物を発見した。「種を見つけた時に、オリーブオイルが製造された種類とは違うものだと直ぐに気付いた」とテルアビブ大学のダフナ学者は語った。「オリーブオイル製造の廃棄物であるオリーブの種は殆どが潰されているが、今回発見した物は殆どが完全体であった」。

 研究者達は発見物を、ハイファ大学のエフード学者が以前発見した種と建造物を比較し、現在の調査へと移行していった。エフード学者が数年前に調査したのは、サミール村付近の違う水中遺跡であった。そこでも潰されたオリーブの種がオリーブの皮と一緒に発見され、オリーブオイル製造の廃棄物と確認された。それに反しヒシュレイ・カルメル遺跡で発見された種は、殆どが完全体で皮も発見されておらず、その他の廃棄物の証拠も無かった。またサミール村の種に、研究者達はオリーブの木の花粉も発見し、今日オリーブオイルを製造する工場廃棄物でも発見される。このような花粉もヒシュレイ・カルメル遺跡で発見された建造物には見つかっていない。

 この建造物が食用オリーブ用であったとの決定に傾くもう一つの特性は、海岸線への距離が近いことであり、湿度が高い為に短時間で発生するカビの為にオリーブの保管を可能とさせない。その為に研究者達によると、これらの建造物が新鮮なオリーブの保管場所として利用されていない方が道理的だとしている。しかし海岸線に近いことにより、海水や塩などのオリーブの搾取過程に必要な物質を得られるようにもなっている。

 「発見された建造物でのオリーブの搾取は、苦みをとるために海水で何度も洗浄した後に行われ、その後海水日浸しておけば塩が補給されたのかも知れない」とテクニオン工科大学のアイェレット学者は語った。

 ハイファ大学のミナ教授は、「通常廃棄物で発見される建造物内のオリーブの花粉がないことにより、今日のオリーブオイル搾取の過程で行われるように、オリーブの実は何度も洗浄されたのかも知れない」と語った。カルメルで育生している野生のオリーブは、古代のオリーブ畑でも、オリーブオイル産業と食用オリーブの供給源であった。「ヒシュレイ・カルメル遺跡では居住区は発見されていないが、井戸、円形建造物、石製粉砕機、小枝で出来たザル、オリーブ製造建造物などが発見されている。これらの遺跡は銅器時代のカルメル海岸線住民の工場地帯のような場所であったのかも知れず、今から約7千年前からオリーブオイルを製造し、数千年前から食用オリーブを製造開始したと思われる」と語った。

 エフード学者は「最近の発見は、焚火の燃料から始まって、約7千年前のオリーブオイルの製造、そして食用オリーブの利用までの、オリーブの木の継続した使用用途を学ばせてくれる」と結論付けた。

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