ナザレでお勧めの店


 市場のお店の一部には明確な住所がないが、現地の人に聞いてみるか、お店に直接電話して道順を聞いてみるほうが、市場で迷子になるよりかは良い。いつでもアラブ人の料理はお祭りのような食べ物だが、ラマダンの断食の終わりを示すイフターの食事では、もっとお祭り騒ぎとなる。

◎儀式のような食事

 ナザレのラマダ・オリビヤ・ホテルのメインシェフであるラミ氏は、既にメインシェフとして4年勤めているホテルのレストラン「サフラン」でイフターの食事を提供してくれた。

 「ラマダンの食事では、我々のキッチンではとてもポピュラーなバーベキューの肉はお休みとなる。ラマダン中は焼いた肉はお腹に重く、マンサフ、ご飯を詰め込んだ子羊の脚肉や肩肉、フリッキー(緑麦を炒めて乾燥させたもの)の上に乗った肉のような、長時間煮込んだ伝統料理を好んで食べる」と肉を切りながら説明し、味見させてくれたがとても美味しい料理だ。

 これはシェイフ・エル・マハシと呼んでおり、つまりシェイフの詰め物という意味で、オリジナルはトルコ料理からで、肉で詰められたズッキーニなどのような、肉で野菜を詰めることが出来るのは金持ちだけであったという証拠でもある。それ以外はご飯を詰めていた。ヨーグルトとキシャク(ヨーグルトの塊)で調理され、味がリッチな食べ物である。

 リッチなイフターの食卓でヨーグルトはとても尊敬された地位にあり、その中には肉が詰められたダンプリングが泳いでいるシシバラク、これもトルコ料理伝統の一つで現地パレスチナ版もあり、隣にある大きなボウルには、ラマダンで伝統的なガーリックとキュウリが入った、濃厚で冷たいヨーグルト・スープのア・ラ・ザジキがある。勿論ご飯無しには不可能で、マンサフは華やかで黄色く、子羊のオッソブーコを包み込み、肉が詰められたピアノを弾く人の指くらいの太さの細いブドウの葉っぱは、丁度良い酸味を持っている。

 同じ鍋にあるラムチョップにも感激し、ラミ氏が慣れた手つきで鍋をトレーの上にひっくり返す、儀式のようだ。ここに他のタブーン料理も追加される。オニオン、スマックとオリーブオイルに浸されたピタの上に乗った鶏の脚肉のグリル。炭火で焼いた野菜の上に乗った、肉が詰まったアラブ・ナスのマンザレは珍味だ。松の実と肉の上に乗った細長いセモリナ粉のクベニヤと、その場で作ってくれる冷たいタマリンド・ジュースが一緒に出てくる。

 現地の伝統的なアラブ料理であるために、これらのガリラヤ・アラブ料理の一部は、ホテルの食堂でラマダンだけではなく通常の日でも提供されている。週末には大きな炭火グリルの隣にシュワルマの串焼きが回っており、ホテルはコーシェルではない。ラマダンの夜のイベントにここに来ることを決定するんらば、我々が味見したのと同様のイフター料理をホテルで楽しめ、携帯電話で接続できる音声ガイドも受け取れば、市場の中を一人で散策することも可能だ。

 宿泊料:5月4日2人1泊料金950シケル、朝食付、イフターの見学と料理付。5月6日料理とクナッフェ・ワークショップ、ラマダンの抗議、イフター料理、市場見学と朝食付を含んだ週末、2人1泊料金1,070シケル。ホテルに宿泊せず、シェフ・マハアロンが経営するロカンダ・レストランでは、中東風ガリラヤ・アラブ・メニューをベースとした料理も提供してくれる。

シオニズム通り29番地:04-8878888

◎3世代のベーカリー

 シュリーフ氏は、オーブンからカラキッシュの行列で一杯になっているトレーを取り出し、「アニスが入ったちょっと甘いクラッカーだ」と説明し、我々に味見させてくれながら黒い眼が光っていた。祖父が建てたナザレの市場にあるアルマシャダウイ家族のベーカリーは3代目となり、ハイファで製菓を学んだサミー氏が、ガリラヤの首都に甘い告知をもたらした。

 このベーカリーでは家族が働いており、父親のモニール、母親のトルファンダと彼の兄弟達。彼は、中毒になりそうなゴマとハチミツの薄いクッキーのバラザック、紅茶やホットミルクに浸して食べる細長い硬いプレッツェルのコールシュリ、ホブズ・タブーンと呼ばれる様々なピタを味見させてくれた。

 炭水化物愛好家には天国のようなこの伝統的老舗のベーカリーには、シュリーフ氏の母親が作る神聖で油っぽい三角生地で、チコリからヒソップなどの季節に応じた野菜が詰め込まれているファティールと、勿論ホビザの為にまず参拝しに来る。チコリが詰まった油っぽい生地を一片ちぎり取り、地元のスパイスである発酵チリソースとラバネの中で一回りして口の中に放り込む。「物凄い一口だな」と彼が呟いていた。

 シュリーフ氏がスフィーハ(肉が詰まったラフマジュンの1種)も出している時に、オリジナルはシリアの珍味である、クルミ、ガーリック、ハリッサ、オリーブオイル、ガンバと緑菜が詰まった小さなナスのマクドスの瓶を下から出して開け、この二つは主にラマダンのイフター食事で勝者である。またお菓子に戻ると、黒いニゲラ・ケーキに砂糖シロップが入ったトレーは”バスブーサのようだが、セモリナ粉の代わりにニゲラだけ”や、”ザレット(小指)”クッキーの山盛りは、「”カック・アル・イード”と呼ばれるラマダンの伝統クッキーだ」とシュリーフ氏は説明してくれた。このクッキーはナツメヤシが詰められており、クッキーの真ん中に空いた穴が丁度小指のサイズであることから呼ばれた名前だ。イッド・アル・フィーター(ラマダン終了の祭)では、どの家でも見られるお菓子だ。

エル・ビシュアラ通り49番地、月曜日~土曜日05:00~20:00:04-6462430

◎サラダ祭り

 ジャーダ氏はナザレでも有名な強い女性の一人で、彼女のカラフルなギャラリーは、古代の市場に来る観光客やイスラエル人が魅せられて集まってくる。ガイドでもあるジャーダ氏は、宗教学と考古学の修士号も持っており、約5年前に「ジャーダのコーナー」を開設し、人間研究や全国の女性が作った芸術作品の収集と販売に従事している。

 「ここでイベントやショーも開催しており、その時に様々な文化の成人式や結婚式など、様々な儀式やシンボルについて話している」。彼女は研究、収集と販売しているパンのスタンプが掛かった壁の一つを指さし、その隣の壁から結婚初夜に魔除けの為に花嫁の首にかけた香り高い”チョウジ・チェーン”を持ってきた。

 ジャーダ氏の魅力的な民俗学と、人間研究の興味深い話と共に、彼女自身が印象的でカラフルな人物であり、グループならば事前に伝統料理を予約することもでき、又は自宅で彼女が焼くパンとヒソップで作ったサンドイッチや、野菜とハーブをベースとしたペストの様々な種類、またスモーク・チャルケスチーズやビール・エル・マクソールのウム・アブラハムと呼ばれるヤギチーズなど、現地のヤギチーズやヒツジチーズを添えてテイクアウト出来る。

 全てエステティックで、清潔で風味が豊かであり、例えばガザのキッチンから伝わったレンズマメの煮込みのロマニヤは、ザクロの濃縮液、刻んだナスと沢山の緑菜で豊富だ。食卓に出された揚げオクラのフレッシュサラダは、無限に食べることが出来る。「土地の味が付いた昔のような生の食事が好きだ」。若いオクラで細長く、沢山のレモン汁、辛子、トマトにオリーブ。ブルグルは、「それがアルデンテになるまで巨大な鍋で長時間煮込み、屋根の上で乾かしたら幾つかのレベルの厚みで挽く」。彼女はサラシーラ・サラダをオニオン、レモン汁、緑菜とオイルで作っている。

 彼女の説明によるとオリジナルでは、ブルグルは数日間畑で従事していた農家の為の解決案であり、乾いたブルグルを持っていき、現地でハーブと水を追加して、食べられるように柔らかくしていたとのこと。「料理の歴史を知る必要があり、それは重要だ」と、使者のような口調で語った。彼女のギャラリーを訪問すると、これらを得られる。美味しい食事とそれに関わる物語。デザートにはマスティックの木の樹脂が入ったアプリコットパイで「伝統ベーキングを守るのは重要なこと」であり、小さい指サイズのアニスペストリーと、ゴマが乗ったナツメヤシ・ザレットだ。

 シーズン初めの小さい未熟ブドウであるホスロムも味見してると、「もっと食べなさい、ホスロムって知ってる?」と聞かれ、エルサレムの旧市街で食べたことがあると答えて、そこから次の美味しい店に移動する。

ホワイト・モスクに近いナザレ市場、月曜日~木曜日、10:00~16:00、食事は要予約:054-5717774

◎スタッフド・ダンプリング

 揚げた甘い生地に刻んだクルミか溶けたジャバネ(ラバネのチーズ)で詰められたダンプリングであるカタイェフ、ラマダンの月にだけ提供されるデザートだが、アブ・アシュラフ氏の小さいお店では年中カタイェフを揚げている。既に21年間、カタイェフ・キングの称号が与えられた理由だが、長期間同じものをずっと作り続けていればマスターとなる。

 立ったまま一つ一つ素早く指で包んでいき、マグネットのように閉じていく。「どうすればこんなにくっ付くのか?」と聞くと、アブ・アシュラフ氏は油にダンプリングを入れる前に、笑いながら「子供の頃からの夢は、自分がしていることで一番になることだった」と答えた。

 「成功の秘密は、ここに食べに来る人達を尊重し、自分が出来る最高のものを提供することだ」と、優しそうな顔にカタイェフのような甘さで答えた。彼はアブ・アフマッド家に属しており、ナザレでは最大の一族で、町では誰でも知っている。ここ数年間ではホムス、フールやファラッフェルも提供しているが、それは味見はしなかった。アブ・アシュラフ氏が「台所用品の博物館」と呼んでいる店の壁には、ランプ、食器、鍋、サモワールやアイロンなどの骨董品が数多くかかっている。ここでは目でも食べるのだ。

ナザレ旧市街市場、月曜日~木曜日、08:00~19:00:04-6578697

◎ナザレの最古のカフェ

 ウムクルトムの音楽が、旧市街の市場の横町へアブ・サレムの喫茶店から流れ出ており、入口にはマリリン・モンローの大きな白黒写真がある。「男性しか喫茶店に来ることは出来なかったが、当時皆マリリン・モンローのファンだった。今日では勿論女性も一緒に座っており、バックギャモンを遊んで自家製の飲み物イナールを男性のように飲んでいるが、モンローの写真は当時の思い出として残している」と、オーナーのウイッサム氏は語った。

 ウイッサム氏はこの喫茶店の3代目で、祖父が1914年の14歳だった時にこの場所に設立した。ナザレで最古の喫茶店であり、ここの家具は全て当時のものであるが、年の経過と共に新規され、綺麗な床と飾られた壁と共にこの小さい美しい店を飾っている。ウイッサム氏は、D.Jとボディービルダーとしてテルアビブでのパーティーで夜の生活を数年間過ごした後に、2007年にファミリー喫茶店を経営する為にナザレへ戻ってきた。

 綺麗なバーの後ろで、ハーブ、シナモンと刻んだクルミをベースとした飲み物のイナールを用意し、温かい飲み物であり、「男性にも産後の女性にも力を身体に戻してくれる」と説明した。ハイビスカス(エジプト方言でカルカダ)の花をベースとした飲み物を準備しながら、「ワッツアップが無かった時代は喫茶店がワッツアップだった」と笑った。「喫茶店には常連客がおり、もし家にいないならば喫茶店に探しに来ていた。ここにもいつも来てくれる常連客がおり、ワッツアップのグループのように皆友達になっている」。

 「ここでもバンド演奏があり、特に「The Voice」にも出演していた姪っ子がリードボーカルとなっているバンドが演奏しているが、発表したら2日で売り切れた」と、目を上げて感謝しながら巨大なシャンデリアを眺め、金色の三段シャンデリアは創設者から3代を記念したものとなっている。

月曜日~土曜日、09:00~18:00:053-3010355

◎絶対に食べないといけないラバネ

 「見に来ておいで、沢山の色とりどりなピクルス、オリーブがあって清潔だよ」とサロメ氏のカラフルなお店に入ってみた。父親と一緒に立っている微笑ましい若者はサミール氏で、巨大なお店の真ん中から片方は食料、もう片方は台所用品と必要なものが全部揃っている。

 お店で購入可能な古いオイルランプや肉挽器を見て興奮した。「アリババの洞窟みたいだろう」と、息子のサロメは祖父のサロメに関して話してくれ、祖父が1946年にこの店を設立した。まずこの店にはサロメが「工場」と呼んでいる家族の工場で作っており、売店や個人にも販売しているピクルスを買いにやってくる。全部清潔で光っており、カラフルで食欲がわき、濃いピンクのシロカブ漬、様々な色で輝くオリーブ、ラマダン用の特殊ピーマン漬(1日中食べないと、身体が味のきついしょっぱいものを要求する)、キュウリ、カリフラワーとマクドス、クルミとオニオンが詰まったナスの漬物は最高だ。漬物の分野に家族が携わるようになったのは、40年以上も前の話で、サミール氏がレシピをシケムから持ってきた。店の真ん中は良いもので一杯になっており、香辛料、ソース、オイル、ドライフルーツ、おつまみ、お菓子や近隣諸国からのヤギチーズと巨大な瓶の中に入ったラバネがある。ラバネにはホワイトクリームの味と食感があり、サミール氏も我々の味見に満足気だった。

市場入口、月曜部~土曜日、08:00~19:00

◎テンペラ騎士団時代からの粉ひき部屋

 エルバブールのハーブ店のオーナーはアブイリア氏で、ナザレの旧市街市場では最も有名な場所である。店に入ると色とアロマの秘密の洞窟に入ったような、世界中のハーブがここで一つになった混ざった濃い素晴らしい匂いで歓迎してくれる。イスラエル製タバコの葉、そうイスラエル製のタバコというのも存在しており、その隣には特殊なオリーブオイルやブドウ・ハニー、アニスの種、ヒソップの山の上にあるヘル、ナツメグの皮(”皮はスープに使う”と、ここで生まれてここで育ってここで働いているオーナーの娘のノーラが説明してくれた)、全てがフレッシュ、香り良く、カラフルで食欲をそそる。

 自然のハルーブ(イナゴマメ)の濃縮液のボトルの近くで足を止め、深い色を見入っていた。ここは穀物の天国であり、全ての香辛料や豆、小麦粉などを見つけることが出来る。店の後方から広い地下室に降りると、古代の粉ひき部屋となっており、現地の住民がここで100年以上も麦や香辛料を挽いている。この部屋はテンペラ騎士団が建設したもので、ナザレには1860年から住み、現地住民や、自分の背中やロバの背中に麦袋を担いで遠くからやってきた人達の為に粉を挽いていた。テンペラ騎士団がこの部屋を売り出した時に、アブイリア氏の祖父がこの場所と器具を購入し、現地の粉ひき場所へと変えた。

 「ここに粉ひきに来た人の中には支払う金を持っていない人達もおり、エズレル平原の農家たちは祖父に農産物で支払ったり、ベドウィンは卵やヨーグルトで支払い、色々な商品が溜まってそれらを販売するようになった。粉ひき屋から承認になったのだ」とオーナーが説明し、タマリンドを飲むように勧めてくれた。「これは主にラマダンの飲み物で、リコリスの飲み物も断食に役立っている」。

マリアの泉から市場へ向かう入口のハバンキーム通り、月曜日~土曜日、08:30~19:00:04-6455596

◎止めることの出来ないクナッフェ

 日没と共に常連客が来始め、机の上はお祭りのお菓子で一杯になり、行列も長くなっていく。中に入ってみるとオーナーであるスレイマン氏が笑顔で出迎え、素晴らしいカラフルなお菓子の写真を撮影させる為にカウンターに通してくれた。

 接客しながら祖父の名前が付いたスレイマン氏はこちらの質問に答え、祖父がこの場所を設立し、家族のお菓子作りの歴史を語ってくれた。彼等は1976年からここに店を持ち、祖父スレイマンがシリアからバクラワのレシピを持ち帰ってきた。

 「ダマスカスのバクラワは世界で最高だ。世界バクラワの首都であるのは間違いない」と語り、いつかダマスカスでそれを味わえる日が来ることを祈るしかない。ナルゴッシを発見したら、「クナッフェのカダイフとカシューナッツ、アーモンドとハチミツだ」と説明し、直ぐに店から食べることが止められないクナッフェを差し出してきた。何も口に入れることが出来ない状態でも、ラマダンの夜に美しく華やかで美味しいデザートの一つ、砕いたピスタチオが上に乗り、マラビ・クリームが詰められたカタイェフを見せてくれた。物凄い食欲で口にしながら連れが言った、「シチリアのカンノーロに良く似てる、この世はなんて素晴らしいんだ」。

ナザレ東部居住区、ナザレのオッフェル・モールに支店あり、月曜日~土曜日、08:00~22:00:04-6463096

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