ケッセム洞窟の秘密:30万年前の火と道具

 我々の古代の先祖は火を起こすだけではなく、それを使って道具を製造するための洗練された技術を開発した。このような記事が科学雑誌Nature Human Behaviour誌に掲載された。

 この研究はバイツマン科学研究所とテルアビブ大学によって行われ、ロッシュ・ハアイン市付近の洞窟で発見された、古代石器時代の石器製造がどのようになされたかを調査するために最先端テクノロジーが使われた。今回の研究結果は、今から約30万年前の原始人は様々な種類の道具を製造するために、様々な温度の熱を制御しながら使用する方法を知っていたことを示している。

 2000年10月にテルアビブ大学のアビ教授とラン教授はケッセム洞窟を発見し、中には42万年から20万年までのアシュルー・ヤブルダイト文明の遺物が残っていた。現代人に近いこれらの古代人はケッセム洞窟に住んでおり、多くの刃を含んだ数万個の道具を残していった。これらの特殊で革新的な石器は燧石から製造され、野生ロバ狩猟などの様々な活動に利用されていた。バイツマン科学研究所科学考古学のフィリッペ学者と研究のパートナー達は、これらの刃やその他の道具を製造するために、洞窟の住人が燧石の石工能力を改善させる為に火を使用していたかどうかを疑問に思っていた。現在まで道具製造で制御された火を使用していた明確な証拠は、もっと後の時代、10万年前の時代にしか発見されいなかった。

 「火にさらされた結果として燧石が構造変化したかどうかを理解しようとする最初の課題は、燧石の構造が場所ごとに、さらには岩ごとに、その下の地質条件に応じて変化するという事実がある。また岩石に熱が加えられたことの証拠は、目に見えない顕微鏡の世界である」とフィリッペ学者は語った。

 これらの挑戦に対しフィリッペ学者は、先史時代考古学を専門とするポストドクター研究者のアビアド学者と、バイツマン科学研究所の化学研究インフラ部門ラマン分光法として知られる技術の専門家であるイド学者に協力を依頼した。

 考古学発見物に触れる以前に、研究者達はケッセム洞窟付近やイスラエル全国の様々な場所から燧石を収集し、それらの石に色々な温度のオーブンで火を加え、イド学者の分光法研究所で調べた。研究者達は燧石の構造を分子レベルまで解析することに成功したが、結論を出すには多すぎるデータ量であった。その為に研究者達はバイオマティック・ユニットのイド学者に協力を依頼し、彼の通常の生物的研究ではなかったが、各燧石の一つ一つに加えられた熱レベルを回復させる機械学習方法により、イド学者は焼かれた石のパターンを発見することに成功した。

 次の段階で研究者達は、ケッセム洞窟で発見された数千の中からランダムに選ばれたサンプルの分光解析と機械学習を適用した。研究者達は相違する三種類の考古学遺物に、相違する三段階の熱レベルが使用されいたことを明らかにした。一種類目は、600度までの温度で燧石を直接火に結果、自発的に飛び散った破片。二種類目は、洞窟の住人が石を削る作業の工程で出来た燧石の破片で、比較的に多様な温度で破片が製造されている。三種類目は最も重要で、大きく長いナイフのような刃で、片方が鋭くもう片方の鈍い方が手で掴めるようになっている。燧石の破片と違い、刃は低い温度の200度から300度くらいの熱を加えられた燧石の原石から製造されている。

 「我々は洞窟の住人がどうやって道具製造や製造過程のコントロールを学んだのかは知らないが、研究の結果は他の道具の製造方法とは違い、制御され熱処理された原材料から刃を製造する一貫した技術があったことを明確にしている。この事実は知識をベースとした計画性を示している」とフィリッペ学者は説明した。イド学者は「我々の時代の携帯電話やコンピューターがテクノロジーと呼ばれているようにこれもテクノロジーであり、このテクノロジーは我々の先祖が生き残って繁栄することを可能とさせた」と付け加えている。

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