エルサレムの教会地下に2千年前の沐浴場が発見

 エルサレムのゲッセマネの園の教会で、考古学局とフランシスコ会研究所の考古学発掘により第二神殿時代の日常生活の証拠が発見された。この発掘中に2千年前の沐浴場が発見された。考古学局では、キリスト教の信仰によるイエスが活動していた時代の最初の考古学発見物であると説明している。教会の麓を流れているケデロンの谷は、ビザンチン時代の教会の遺跡も発見されている。ゲッセマネの園では、キリスト教の伝統によると、イスカリオテのユダによってローマ人に逮捕される前、イエスが十字架にかけられる前に最後の祈りを行い苦悩に悶えた場所となっている。イエスが祈った場所に約100年前に現在の教会が建設され、オリーブ山の麓でケデロンの谷の付近、岩のドームの正面にある万国民の教会という名前で知られている旧市街の突出した景色の一つとなっている。

 ここ数年間にカストディア・デ・テラサンタは、現地を訪問する観光客と巡礼者の為にゲッセマネの園の教会とその麓にあるケデロンの谷の観光開発を進めている。この開発には、教会と公園を結びつける地下道とビジターセンターも含まれている。開発作業中に今回の遺跡が発見され、遺跡を保存するために考古学局がフランシスコ会研究所の調査員達の協力の元に考古学発掘を行った。

 現在の教会の建設中にビザンチン時代と十字軍時代の遺跡が発見されていたが、今回の発見まで第二神殿時代の遺跡は見つかっていなかった。訪問者用に新しい地下トンネルを掘削中に、現在の教会から数メートルの場所で突然地下室が発見され、第二神殿時代の沐浴場であることが判明した。

 考古学局考古学者のアミット氏は、「沐浴場の発見は、ゲッセマネという名前が付いたその意味を証明してくれている。第二神殿時代の沐浴場は、殆どの場合には居住区、公共施設か又は農場か墓地にあった。今回の場合には沐浴場がオープンスペースに作られており、付近に家の跡がないことを考慮すると、2千年前のワインかオイルの農作物工場がここに存在いしていたことを示している。ユダヤ教の律法では、オイルとワインの製造前には身体を清めることを義務付けており、今回の沐浴場の発見によりこの場所はゲッセマネ(油絞り)という名前の通り、エルサレムの町の近くで聖別されたオイルを製造していた場所であったことの証拠である」と語った。

 この沐浴場以外に現地ではビザンチン時代の6世紀末に建設され、8世紀のウマイヤ王朝時代まで使われていたと見られるまだ詳細が分からない教会の遺跡も発掘されている。この教会はとても考慮された作業で削られた石の飾りが数多くあり、この教会の重要性を表している。

 考古学局発掘責任者達の想定によると、この教会は新約聖書に関連した多くの物事の一つを記念したものであるとのこと。教会の遺跡の床に組み込まれていたギリシャ語の碑文がヘブライ大学のレア学者とフランシスコ会研究所ロサリオ学者によって解読され、そこには「イエスを愛する者達の記憶と救いの為、アブラハムの犠牲を受けた神が、あなたへ奉仕する者達の捧げものを受け、彼らの罪を許しますように」と書かれているのが分かった。

 ダビデ考古学者は、「イスラム教が支配していた時代のエルサレムで教会が活動し、もしかすると建設されたかも知れないのはとても興味深く、イスラムの時代にもキリスト教徒の巡礼が継続したことの証拠である」と語った。十字軍時代にはこの場所に宿、又は巨大な修道院が建設され、多数の部屋、最新の水道システムや十字架の飾りが付いた大きな二つの貯水槽などが発見されている。十字軍時代の教会は1187年にイスラム教徒がエルサレムを占領した結果、12世紀に破壊されたことが分かっている。歴史的記述によると、スルタンであったサラディンは、オリーブ山の建物や教会を解体し、その石を旧市街の城壁改築に使用したとされている。

 フランシスコ修道会の聖地管理責任者であるブラザー・フランシスコ・パットンは、「ゲッセマネの園は聖地で重要な聖なる場所の一つである。この場所でイエスが祈り裏切られた。毎年この場所には数百万人の巡礼者が訪れて祈っている。この場所で行われた最近の発掘により、古代からのキリスト教伝承がこの場所に関係したものだという事を証明した。我々や、この場所に精神的な意味を持っている者達にとって、これはとても重要なことである。将来の協力の為に科学的な達成が稼働力となることを願っている」と語った。

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