イスラエルにある世界一のもの

世界一低い場所は死海であり、既に19世紀にイギリスの学者達によって発見されていた。1864年夏、イギリス軍工兵部隊の使節団が聖地を測量する目的でやってきた。その使節団のリーダー格であった将校二人のうち、一人がチャールス・ウィルソン、もう一人がウォーレンで、この二人がダビデの町のウォーレンの竪穴、嘆きの壁トンネルやウィルソンアーチを発見した人物である。

このイギリス軍の使節団が訪問した公式な理由は、オスマン帝国に支配されていたエルサレムの水不足問題を解決するための標高測定であり、多分それは言い訳で他の理由があったとされている。

実際に彼らはロマンチックで敬虔なキリスト教徒であり、特に神殿の丘やダビデの町に眠っている古代エルサレムの姿を発掘したいと願っていた。

この使節団にボランティアで参加したのがコーナルド・シックとユダヤ人であったモーセ・モンティフィヨリーであった。

当時世界で最も低いと考えられていた死海の水位を調べるために使節団は出発した。それ以前にも幾つかの使節団が死海の水位を測量しようとしたが毎回その数値が違っており、中には地中海と比べて―115mや―426mと測量した結果が出ている。

1864年6月16日に同使節団はエルサレムに到着し、ヤッフォーからラマラ、エルサレムを通じて死海の水位を測量するのが本来の計画であった。

しかし真夏の灼熱が彼らの計画を変更し、まず彼らはエルサレムへ上った後に測量プロジェクトを開始し、真冬の楽な気候の時にヤッフォーから死海まで測量することになった。

2年間の困難で大変な作業を終え、死海は世界で最も低い場所という結論に至り、当時の測定は―396mであった。

最も低い場所が分かったならば世界で最も低い町はエリコであり、エリコは世界で最古の町としても有名である。世界最古の町という名称にまだ議論の余地はあるようだが、旧約聖書によると世界で最も古い職業(娼婦)に関してもエリコで言及されている。

最近の研究結果によると、トルコのチャタルホイックがエリコより古い居住区であるとの発表があったが、聖地のイメージをここで壊すことはしないようにしよう。

キブツ・エンゲディが世界で最も低いキブツということにもなる。もう一つ、ナハライムに1904年に設立された鉄道の駅は、世界で最も低い駅―246mということにもなる。もっと言うと、死海とガリラヤ湖を結ぶ国道90号線の死海付近は世界で最も低い国道となる。

ところでこの国道90号線は、北はレバノンを望むイスラエル最北端のメトゥラ市、南はエジプトとヨルダンを望む最南端のエイラット市を結ぶ国内最長約480kmの道路である。最も低いという名称を色々と作り出すことは可能だと思うが、もうこれ以上思い出すものがないからここで止めておく。

キリスト教の伝説によると、世界の中心はエルサレム旧市街にある聖墳墓教会のギリシャ正教の教会内でイエスの墓の真正面にある。教会内に入るとギリシャ語でオンファリヨス、ヘブライ語でタボール(おへそ)という小さい祭壇が置いてある。

神殿の丘に目を移すと西暦691年に建設された岩のドームが建っており、その金のドームの真下に基礎石と呼ばれた大きな岩がある。この岩はモリヤの丘の頂点でもあり、以前はインディアナジョーンズの映画の題材にもなった契約の箱が置かれ、第二神殿の中心部でもあって祭司たちが燔祭を捧げていた。

基礎石と呼ばれているのは世界の基礎がここにあるというユダヤ教の伝説であり、ここがユダヤ教の世界の中心となっている。この岩の上でアブラハムが一人息子イサクを捧げようとした場所でもあり、ここから350m離れた場所にキリスト教の世界の中心があるという、エルサレムはとても重要な場所なのである。

ラビの解釈本にもエルサレムは世界の中心と謳われており、素晴らしい未来が預言されている。「エルサレムは全世界の大都市となり、全ての異邦人と王国が集結する」。ラビの解釈によると世界の中心はイスラエル、イスラエルの中心はエルサレム、エルサレムの中心は神殿の丘、神殿の丘の中心は契約の箱ということであり、基礎石から世界が創造された。

イスラム教でも世界の中心は岩のドームへと移転してきた。イスラム教の伝説によると、岩のドームの基礎石からムハンマドは昇天し、祈りが地上へ降りていたということになっている。またイスラム教の伝承では、世界終末の日にメッカからカーバ神殿の黒石が飛んできてエルサレムの基礎石と一緒になると伝えられている。

岩のドームから100m南にエルアクサ(地の果て)寺院が建っており、イスラム教にとっては世界で三番目に重要な場所である。12世紀に十字軍と戦ったサラディンの時代に始まったコーラン外典の言い伝えでエルサレムの聖地化が加速した。

ということはエルサレムは二つの宗教で金メダル、もう一つの宗教では銅メダルを受賞したことになる。

ところで世界中の人が勘違いしているがユダヤ教の聖地は嘆きの壁ではない、あれは神殿を囲んでいた壁の一つであって、ソロモンの第一神殿とヘロデの第二神殿が建っていた神殿の丘が聖地であり、イスラム教にとっても三番目の聖地となっている。

そして旧市街のキリスト教地区に西暦335年に建設された聖墳墓教会があり、プロテスタント以外の殆どのキリスト教徒の聖地となっている。イスラエルにはキリスト教にとって重要な聖地が四か所あり、それらは受胎告知教会、聖誕教会、聖墳墓教会とヨルダン川洗礼所だ。

中東で建設された初めてのプロテスタント教会は、ヤッフォー門の近くでダビデの塔の正面に1840年に建設されたインマヌエル教会だ。

次はまだ証明されてはいないが多分嘘でもない。ユダの荒野(キリスト教では聖都の荒野)が世界で最も小さい砂漠である。世界最大のサハラ砂漠と比較すると、サハラ砂漠はユダの荒野の4,300倍の面積がある。アラスカにはユダの荒野より小さい砂漠があるのだが、砂漠という定義は暑くて緑が無く年間雨量が200mm以下ということを考慮する必要がある。

25年前に友人達とエルサレムから歩いて死海まで下ったことがあったが、途中で休憩を挟んでも10時間以内で到着した。ユダの荒野の平均の幅は20~25kmであり、マラソンの半分くらいだ。長さは北はラマッラから南はアラドまで85km。

イスラエルで最大の川はヨルダン川だ。でもこの規模の川がこれ以外に存在していないし、これは小川であって川と呼ばれるほどの水量が無いという人達もいる。しかしヨシュアや預言者エリヤがこのように呼んだのから議論の余地はない。

どちらにしてもヨルダン川がイスラエルでは最大の川であり、長さは約250kmとなっていて、最もカーブしている川でもある。ガリラヤ湖南端から死海の北端までは直線距離で105km、ただし川の長さは210kmもある。この直線距離と川のカーブの比率が世界の川の中でも最もカーブが多いという計算になる。旧約聖書と新約聖書を見ると世界で最も有名な川であるということも分かる。ミハエル・ヨルダン、英語だとマイケル・ジョルダンに聞いてみると良い。

小さい国であるにも関わらず2,600種類の草木があり、5種類の気候に分かれている。この草木の何が世界一かというと、アカシアの木などのシリア・アフリカ地溝に生息するスーダン草木が、世界で最も北端に生息しているのがイスラエルなのだ。

もう一つの世界一は毎回イスラエルの上空を飛んで行く5億羽の渡り鳥で、約400種の鳥がアフリカとヨーロッパ間を行き来し、その中の90種類がイスラエルに生息する。

渡り鳥の中で出エジプトしたイスラエルの民を救ったのが聖書にも出てくるウズラだ。このウズラは西アジアからアフリカへ移動しシナイ半島上空も飛んで行くため、出エジプト記の第11章に記されているように空腹のイスラエルの民を救ったのだ。

ラムレ市はイスラエルで初めてイスラム教徒が建設した町だ。8世紀に建設され、当時はエルサレムより大きな町であった。ラムレには今日でも残っている十字軍が建設した最大の教会が見られる。この教会はバジリカ様式で建設され、現在ではモスクとして利用されている。

マサダでは文献に残されているような集団自殺は起きていないと主張する者もいる。ヨセフス・フラビウスによると西暦73年に約960名が自決したことになっている。現場にいなかった彼の書き残したものが正確であるとすると、自慢話ではないが記録に残された人類史上で最も人数が多い自決となる。1978年にガーナで起きた「民族の神殿」という宗派の集団自決は909名であった。1993年に起きたデービッド・コーレッシュの集団自決もそうだが、自分達のリーダーの逮捕や自由が奪われる恐れが理由であり、カリスマのリーダーの演説によって決行されたのも酷似している。

またマサダが世界一というのも、世界の遺跡の中で最も綺麗にローマ軍のキャンプ跡や兵糧攻めの跡が残っているということである。世界で最古のシナゴーグもマサダにあると言われているが、初めて発見された第二神殿時代のシナゴーグというのが正しいようだ。シナゴーグと言っても神殿が建っていた時に建設されたものと、神殿破壊後に建設されたものがあり両者の目的は相違する。

第二神殿時代のシナゴーグは9か所見つかっていて、最初に発見されたのがマサダのシナゴーグ、次にダビデの町にあったシナゴーグである。1912年に第二神殿時代のシナゴーグの利用目的が書かれた碑文が発見され、それによると当時のシナゴーグは聖書の勉強場所であり、一般会衆の集合場所として使用されていた。

エリコやヘロディオンでもシナゴーグが発掘され、どちらも世界最古と唱えているが議論するのは良いことだ。

雨や風などの浸食作用でできたクレーターは世界で7個あり、2個がシナイ半島で残りの5個がネゲブ砂漠にある。その中でも世界で最大の浸食クレーターがラモン・クレーターだ。浸食クレーターの数でも大きさでもイスラエルが一番だ。

バハイ教にとっての最大の聖地はハイファではなく、アッコーにあるバハイ教の教祖で1892年に亡くなったバハ・アッラーの墓である。ドルーズ人の最大の聖地もイスラエルにあり、ヒッチンの丘の近くにあるナビ・シュエイブだ。世界で最大の十字軍要塞はツファット市にあるし、中東で最大の教会は受胎告知教会だ。

世界で最も長い塩のトンネルは約10kmでソドム山にある。14年前にイランのトンネルにその地位を奪われたことがあったが、2019年に再調査された結果奪い返した。イランとは核以外にも色々な分野で争っている。

イスラエルにはユダヤ教とキリスト教の最も多い宗派が存在し、ラテン・カトリックだけでも105宗派もある。

紅海は世界で最北端にサンゴ礁が位置する場所。ただし今年の冬の大嵐でサンゴ礁が大打撃を受け、再生には数年かかると言われている。

研究の結果、世界で最古のガラスもイスラエルと言われている、古代からハイテクな国であったわけだ。

最後にイスラエルは20世紀全般において、樹木が最も増えた唯一の国でもある。

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