「投票所と火炎瓶」1988年総選挙

 リクード党とマアラフ党の統一政府は、インフレに打ち勝ち、レバノンでのイスラエル軍の兵士数を縮小することに成功したが、後半期は何かが機能していなかった。内閣は「国家麻痺政府」と呼ばれ、1987年に勃発した第一次インティファーダでは、パレスチナ人とユダ・サマリア地方への関係問題が持ち上がった。

 爆発寸前の状況であるという事を思い出せたのは、第12回国会総選挙の2日前に起こり、イスラエル人はリクード党の攻撃的戦略か、マアラフ党の妥協的千リヤウのどちらかを選ぶ必要に迫られた。

●1988年第12回国会総選挙:

有権者数 289万4267人

投票率  79.9%

政党数  27政党

最低獲得率1%

 1988年総選挙で最も炎上していたテーマの一つが、突然勃発した第一次インティファーダであった。インティファーダ勃発の原因は、研究者達と専門家達の間で議論が交わされた。1988年7月にヨルダンはユダ・サマリア地方の権利を棄権することを発表し、1988年11月にパレスチナ人はチュニジアで独立宣言をし、イスラエルとパレスチナ人との全面闘争であることは明確であった。

 相互の人命への被害以外に第一次インティファーダは、段々とイスラエル市場の状況を悪化させていった。パレスチナ人との商業は減少し、ユダ・サマリア地方からの労働者も段々とイスラエルで出稼ぎに来ることが無くなり、彼等の代わりとなる者も見つからなかった。失業率は上昇し、イスラエル経済は不明な状況に陥った。

 総選挙投票日2日前に、ナハリヤからエルサレムへ出発したバスが、エリコ付近のパレスチナ人テロリストによって火炎瓶で攻撃を受けた。このテロ攻撃により母親と3人の子供達が死亡し、彼等を救おうとした兵士が負傷し、瀕死の状態で2カ月間病院に入院していたが最終的に死亡した。彼等の葬儀に参加する人達を乗せたバスも同様にテロ攻撃を受けた。

 このテロ攻撃はイスラエル市民に強い衝撃を生んだのは自然の反応であり、多くの人を右翼化させたと主張する者達もいる。しかし他の者達は、それ以前から右翼化する傾向があったと主張している。

 総選挙当日も治安事件が起きた。リクード党のポスターを付けた車が、エルサレムの投票所に有権者を搬送していた途中で、ワジ・ジョーズ居住区の家から投げられた火炎瓶によってテロ攻撃を受けた。

 「外に出たら女性が燃えながら叫んで道路を走っていたのを見た」と証言者は語った。「隣人も助けに来て、彼女に水を巻いた。自分の車が道路の真ん中にあり、燃えているスバルの車が運転席が空のまま坂道を下っていった」と運転手は語った。「彼女は後部席に座っていたが、突然後ろから火炎瓶を食らった。全身が燃えていた女性を助けに急いだ。彼女を道路に転がして火を消そうとしたが、とにかく惨状だった」。

 総選挙で挙げられたもう一つのテーマは、ユダ・サマリア地方とパレスチナ人に関わるロンドン合意書であった。マアラフ党の党首として総選挙に臨んだ当時外務大臣であったシモン・ペレス氏は、秘密裏にヨルダンのフセイン国王とロンドンで会合し、この会合によって中東問題の解決策を見つける為に、国連の主催で国際会議に関する合意をもたらした。

 この合意書によると、ヨルダンはパレスチナ人とユダ・サマリア地方の責任を放棄し、イスラエルと和平条約を結ぶ。両者は会議に参加するヨルダンの使節団がパレスチナ人を代表し、PLOの仲介と参加なしで実施されることが合意された。

 この同意書は当時の首相であったシャミール氏の許可を得た後にペレス氏が獲得したが、シャミール首相は不可能な圧力にイスラエルを晒す恐れがあるとする主張により、国際会議の可能性を良い案だと思わなかった。ペレス氏はヨルダンがイスラエルの観点からも可能となる、パレスチナ問題の解決へ多くの効果をもたらすテコになると考えていた。

 最終的にシャミール首相はこの合意書を拒否したが、その直後に第一次インティファーダが勃発し、フセイン国王はユダ・サマリア地方との関係を断絶した。

 第12回国会総選挙では、基本法の改正が初めて実施され、ユダヤ民族の国家としてイスラエル国家の存在を否定し、その民主主義を否定、又は人種差別を扇動する政党を、中央選挙委員会が失格させることが可能となった。

 委員会は、国会総選挙に立候補していたラビ・メイール・カハナの「カハ」党を失格とし、「平和への推進党」の失格要請に関しても話し合った。多数決により委員会では、左翼によって構成されたこの政党の失格はしないと決定した。

 総選挙委員会のメンバーは、この政党の参加を許可した委員会の決定を不服として最高裁判所に控訴した。最高裁判所裁判官3人に対する2人で、裁判所でもこの政党を失格とはしないことが判決として下された。判決の理由としては、この政党がユダヤ民族の国家としてイスラエル国の存在を否定する明確な証拠が提示されなかったとしている。

 第12回国会総選挙でのリクード党内の立候補者リストは2回実施された。第一段階で政党中央メンバーが、上位から35人の立候補者を「パネル」選出した。その1週間後に「上位7位」選出が実施され、これによって党首が立候補者の障害を「修復」することが出来た。政党パネルへの選出は、ヘルツリアのカントリー・クラブで盛大に行われた。ベニー・ベギン氏と共に、このイベントで突出したスターの一人であったのがネタニヤフ氏で、中央メンバーで無かった為に投票できない唯一の立候補者の一人でもあった。

 「ネタニヤフ氏は全くギミックを使用しなかった。熱風の日でも彼のシャツはアイロンがかけられたようで、彼の存在はへルート・メンバーの愛情を勝ち取った」と記事に書かれている。前大使はイスラエルに戻り、パネルの1位を獲得し、大多数の票を獲得した。2位にはモーシェ・カツァブ氏、3位にはベニー・ベギン氏が選出された。

 「驚いたし、とても嬉しく思ったのは隠せない。満足だが疲労しており、しかし結果は総選挙に挑むへルートの素晴らしい人選である」と、ネタニヤフ氏は結果が出た夜中に語った。

 へルート首脳陣の改革であるかの質問に対しては、「こんな早朝に分析はしたくないが、へルートはオープンな政党であり、自分の考えによってメンバーが決定したという事が証明された」と語っている。

 第12回国会総選挙の投票日は、特にユダヤ教徒地区で大荒れであった。エルサレムではユダヤ教徒有権者達が、自分達のID証明書が財布、カバンやコートから盗まれたことを発見した。ブネイブラクでは、77歳の有権者が家から投票所へ向かう途中で強盗に遭った。数名のグループが彼を襲い、彼のID証明書を盗んで消えた。

 ブネイブラクの投票所の入口には、ユダヤ教政党の代表者達が立ち、「木の後ろに隠れて入口で彼等が何をしているかをビデオで盗撮していた。動画は総選挙委員会会長に送られ、投票所の入口で選挙活動がされている投票所の失格状況を見せるためであった」。

 警察は、ブネイブラクの「ハイーム・トビーム」養老院で、住人の老人達数十人のID証明書を集めたという疑いで調査を開始した。警察の想定によると、ユダヤ教徒関係者達がこれらの証明書を利用し、もう一度投票したと見ている。

 エルサレムのマルケイ・イスラエル通りの投票所では大騒ぎが発生し、最近亡くなった女性のID証明書を利用して投票した女性が逮捕されたからであった。容疑者は警察の手から彼女を連れてきたユダヤ教徒群衆の中へ逃げ込んで逃走し、現場にいた警察官も彼女を逮捕することが出来なかった。

 アラッドでは、他人のID証明書を持って投票所に来た二人の女性が逮捕された。同市の選挙委員会メンバーが、投票箱に立っている女性がIDの写真と全く違う事を発見し、特別に駆け付けた警察官によって逮捕された。その数時間後に同市内に於いて警察が、約2年前に亡くなった女性のID証明書を持って投票した他の女性も逮捕した。

 総選挙日前にエリコ付近で火炎瓶によって攻撃されたバスに乗っていた乗客の一人が、エルサレムの地方総選挙委員会に対して、バスで彼女のID証明書が消滅したが彼女に投票を可能とさせるように要請した。

 地方委員会副議長は、内務省が支援できず、彼女に一時的な証明書も発行しないので、何もできない状況であった。しかし副議長は違うアイデアを考え、「国防大臣に頼んでイスラエル軍に入隊させてもらい、そうすれば投票が可能になる」と提案した。

 投票日翌日には、主なイスラエルの芸能人が投票の体験を共有した。例えばトビヤ・ツァフィール氏は、投票所に到着した時に警察官から物まねをするように要求され、「警察官には投票所の近くで選挙活動をするのは禁止されていると説明した。中に入った時には委員会メンバーが、”政治家が全員一緒に投票しに来た”と言われた」と伝えている。

 投票しないと宣言したのは歌手のジャッキー・マッケイタン氏で、「政治には興味がなく、それ以外にやることが沢山ある。友人と座ってガットを噛んでいた。夜にはテレビで選挙結果の合間にお笑い番組を見た」と語っている。

 投票翌日の新聞一面には、連立内閣の交渉に関して書かれており、「シャミール氏は今朝から内閣を作ろうとしている」。「宗教政党とガンディー氏以外は皆失望している。既に夜中から宗教政党を積極的に追いかけている」と掲載されている。

 マアラフ党本部からの報告には、「マアラフ党首脳陣達の笑顔が凍った。テレビでの事前調査結果が発表された時に、シモン・ペレス氏は政党書記のウージー・バルアム氏に対し、”エリコでのテロ攻撃が多くの有権者を逃した”と語った。テレビにコンピュータ画像が出た時に、テルアビブのダン・ホテルの会場でくつろいで座っていた、マアラフ党首脳陣の笑顔が一瞬にして凍った」。

 リクード党が既に宗教政党に電話をかけていた時に、マアラフ党では「リクード党阻止連合」を作る為にアラブ人政党と話合っていた。しかし左翼政党でも、もし連立内閣を作る可能性があるならば、ユダヤ宗教政党の協力が不可欠であると理解し、最左翼ラッツ党も連立内閣で宗教政党と共になることを反対しないと発表した。

 1988年総選挙には27政党が立候補し、15政党のみ最低獲得票率を超えることに成功し、国会に参加する権利を得た。4年間の統一政府の後に、一般市民は大手政党に罰を下し、小さい政党を強化することを選んだようであった。

●第12回国会:

リクード党 40議席

マアラフ党 39議席

シャス   6議席

聖書ユダヤ教5議席

ラッツ   5議席

マプダル  5議席

ハダッシュ 4議席

トゥヒヤ  3議席

マパム   3議席

ツォメット 2議席

モレデット 2議席

メルカズ  2議席

聖書の旗  2議席

平和推進  1議席

マダア   1議席

 選挙の結果では、殆どの政党が自身の力を保持し、右翼と左翼のバランスも保持されたままであった。多大な勝利を収めたのはユダヤ宗教政党で、イスラエル連合は2議席から5議席、若くカリスマ的なアリエ・デルイ氏を党首としたシャス党は4議席から6議席に増加し、政治マウンド上で重要なプレイヤー的存在となった。

 ユダヤ宗教政党は大手政党との交渉で不明瞭な立場を貫き、出来る限りの代償を得ようとした。最終的にヘルツォーグ大統領にシャミール氏を首相として推薦した。

 シャミール氏には、紙面上では65議席に達する右翼・宗教政党政府の可能性があったが、幾つかの障害に直面した。ユダヤ宗教政党は過激な要求を突きつけ、反対に選挙方法を変更させる統一政府の要求も上がってきた。

 最終的に統一政府が確立し、ペレス氏は大蔵大臣と首相代理を約束されたがローテーションは無かった。政府は約1年半続いたが、ペレス氏が左翼・宗教政党政府を確立しようとした「汚いやり方」事件で解散してしまった。

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