「勇者」ファラオは戦死した

 約3,600年前にエジプトを支配していたファラオの死因の謎に関して、新しい予想が調査によって提案されている。このようにエジプト考古学省が伝えた。「勇者」と呼ばれているスカンナラ・タオ王は南部エジプトを支配し、ナイル川のデルタ地方を支配したヒクソス人に対して軍隊を率い、その後彼らをカナンの地へ追い出した人物として知られている。

 スカンナラの遺体は1960年代にレントゲンで調査され、ミイラ職人の高い技術で隠された頭の傷が発見された。これは彼が戦死したか、宮殿で暗殺されたという想定であった。CT検査と3D写真解析の後、有名な考古学者ザッヒー氏とカイロ大学放射線科医のサハル教授は結論に至った。彼等によると、スカンナラ王は戦闘後に捕虜となった後に「暗殺儀式」で殺害された。彼は5人の暗殺者によって襲われ、各々が違う武器を持ち、彼の両腕は後ろに縛られていた。

 考古学省によるとCTでは、「前回の検査で発見されなかった、ミイラ職人によって慎重に隠された傷を含んだ頭の傷の詳細」が見えたとのこと。研究員達は、これらの傷をカイロのエジプト博物館に保管されているヒクソス人の武器と照らし合わせて解析し、斧、槍や剣などであった。

 「曲がった両腕はスカンナラ王が戦場で捕虜となり、背後に両腕が縛られ、この暗殺行為を防ぐことが出来なかったことを示している」。今回の調査はFrontier Of Mecdicine雑誌に発表され、スカンナラ王の骨年齢を調査し、彼がエジプトを支配したのは紀元前1560年から紀元前1555年で、40歳くらいで死亡したとしている。

 数十年間研究員達は須金羅王の死因の謎を解明しようと試み、王の遺体は19世紀末に発見され、顔には明確な傷跡があった。伝説によると、テーベのスカンナラ軍とアポフィスが支配したヒクソス人との対立の根源は、アポフィスの睡眠を妨げたテーベの騒々しいカバを殺害しようというアポフィスの願望が原因であったとしている。

 ヒクソス人は古代エジプトを支配した民族集団であり、その名前は「異国の支配者達」という意味で、ナイル川デルタ地方のアヴァリス都市を支配していた。スカンナラ王は国を統一してヒクソス人と戦おうとしたが、彼の計画は悲劇で終わった。しかし彼の息子が報復し、ヒクソス人を打ち負かし、その後彼らはカナンの地へ北上して逃げて行った。

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