「マリアから生まれたキリスト」、エズレル平原で1,500年前の碑文が発見

 エズレル平原のタイベ村で考古学局が最近実施した考古学発掘で、マリアの息子であるイエスへの碑文が発見された。この碑文は5世紀頃のビザンチン時代の教会の戸口に付いていたもので、石板にギリシャ語で彫られている。この石は、ビザンチン時代か初期イスラム時代の荘厳な建物の壁に再利用されており、その場所には幾何学模様のモザイクの床がある二部屋が発見された。この碑文は、アフーラの東側にある村の中の道路工事前に実施された、考古学局のツァヒ氏とコーガン氏の発掘中に発見された。

 この碑文はギリシャ語で「マリアから生まれたキリスト。この事業は、最も神を畏れて敬虔な(テオド)シオス司教と卑しいト(-マ)奉献で、基礎から建設され…彼らの為に祈りましょう」と記されている。

 エルサレムのヘブライ大学考古学研究所古代ギリシャ語碑文専門家のレア学者は、「マリアから生まれたイエスという表現は、読者を悪いことから守るためで、当時の碑文や書類に多く使用されていた。キリストとはギリシャ語でメシアという意味で、イエスの呼称でもあった」と語った。またこの碑文は教会に来る人達を祝福しており、修道院ではなく教会に設置されていた証拠であるとのこと。「教会では信者達を入口で祝福したが、修道院ではそれがなされていなかった」とも述べている。

 この碑文に記されているテオドシオスが建設の責任者であり、キリスト教では最初の司教の一人でもあった。彼はベテシャン・メトロポリスの最高宗教的権威として、地域枢機卿としても活動しており、エズレル平原のタイベも彼の管轄であった。考古学局のワリッド学者は、「タイベのビザンチン時代教会に関する最初の証拠であり、この地域に住んでいたキリスト教徒住民の活動に関する証拠でもある。以前では十字軍時代の教会跡などが発見されていたが、最近ベテシャン大都市圏に属した一連の修道院の一つがここでも発見された」と語った。

 発掘責任者である考古学局のツァヒ氏とコーガン氏は、「発掘でエズレル平原のタイベに於ける長期間の定住性と、地域の居住区に対するこの場所の地位に光を当て、様々な時代の発見物が見つかっている」と述べている。

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