ユダヤ教

 

 

 余り日本人と馴染みのないユダヤ教ですが、分かりやすく簡単に説明します。

 まず「ユダヤ人とは」という定義ですが、現在では母親がユダヤ人ならば子供もユダヤ人になるというのが定義です。これは父親が誰であろうと、赤ちゃんは母親の血と肉を分け与えられているからということと、本当の父親については母親と神様しか知らないというのが理由です。

 ユダヤ教徒=ユダヤ人ですが、ユダヤ人=ユダヤ教ではありません。ユダヤ人として生まれれば死ぬまでユダヤ人ですが宗教は各自の自由なので、自分の知り合いには仏教やキリスト教を信仰しているユダヤ人もいます。

 ユダヤ教の神様の名前はヘブライ語で「יהוה」と書き、発音によってイェホバ、ヤーウェ、アドナイとも呼ばれています。この神がユダヤ人の祖先であるアブラハムに語りかけ(創世記12:1)、アブラハムが世界で初めて一神教を始めた人物となりました。アブラハムがユダヤ教の土台を築き、その後出てくるモーセによって律法という建物が建てられたということになります。チャールトン・ヘストン主演の「十戒」は特に有名な映画ですが、シナイ山で十戒が記された二枚の石の板を受け取り、モーセによってモーセ五書(トーラー)が書かれました。

 日本人は聖書というと旧約・新約を合わせて聖書だと思っていますが、これは間違いです。ユダヤ人にとっての聖書はトーラーのみ、キリスト教にとっての聖書は新約のみ、一部の宗派を除いて基本的に相手の聖書には全く触れません。旧約(神様との古い契約)と新約(新しい契約)と名付けたのもキリスト教であり、ユダヤ人は自分達の聖書をそのように呼ぶこともありません。トーラー(モーセ五書)、ネビイーム(預言書)、クトゥビーム(諸書)の頭文字をとってタナッフ(Tanakh)とヘブライ語では呼びます。

 ユダヤ教は男性本位なので宗教行事は全て男性中心に進められています。まず男の子が誕生すると生まれて8日後に割礼式(創世記17:10)、13歳になるとバル・ミツバという成人式、結婚は新郎新婦ともユダヤ人であればユダヤ宗教結婚が挙げられ、離婚も許されていますが離婚を許可するのは男性のみ、死ぬと土葬されるということで一般の人でも冠婚葬祭はユダヤ教に沿って行うことが多いです。

 イスラエル国内で言うユダヤ教徒は黒装束でもみあげを伸ばしている人達、良くニューヨークでも見かける人達だけのことをユダヤ教徒と呼んでいます。彼らは613個あるユダヤ教の律法全部を守っている人達で、最近までは国が保護していた特権階級であったので軍隊にも行かない、仕事もしない、税金も払わない、ユダヤ教を継続する生活をしていれば国から生活手当が出るという人達でありました。彼らのお陰で国が無かった二千年間ユダヤ教と聖書が守られてきた訳で、彼らは彼らなりの貢献をしているということなのです。

 頭にキッパという丸い帽子だけを乗っけている人達はユダヤ信者と呼ばれており、信仰を持っていますが律法全部を守っている訳ではなく、ちゃんと仕事もして税金を払い、軍隊にも入隊している人達です。それ以外は信仰心の無いユダヤ人ということで幾つかに分けることができます。人口に対する割合はユダヤ教徒が9%、ユダヤ信者が25%、一般人でも信仰心がある人は23%、そして無信仰が43%という統計です。

 ユダヤ教は異邦人に布教活動をしないという決まりがあるため、イエスの弟子達も最初はイエスの教えをユダヤ人にしか伝えておりません。途中からペテロへの啓示(使徒行伝10:1)によってカイザリアのコウネリオというローマ人の百卒隊長に伝授されたのが、異邦人に初めてイエスの教えが伝えられた場面であり、ここからイエスの教えはキリスト教という違う宗教へと変わっていく訳です。

 613個も律法があると聞くと律法に縛られたガチガチの宗教というイメージがあるかもしれませんが、ユダヤ教の重要な教えの一つは「自分の命の危険があるならばいくらでも律法は破っても良い」ということです。律法が人間の為に存在しておりその逆ではないということと、死んでしまったら律法を守ることもできないから意味がないということなのです。よって宗教では移植手術とかは禁止されてはおりますが、その人の命に関わることならばラビから許可を得ればユダヤ教徒も移植手術を受けるのです。意外と人間味がある道理的な宗教だなと思いました。

 とはいえユダヤ教徒達は彼ら独特な世界観があるので、一般のユダヤ人と交わることもほぼありませんし、彼らの中で生まれる子供達は世襲制でユダヤ教徒として生きていくしかありません。たまにはやはりユダヤ教から離れる人達もいますが、そうすると家から勘当されますし、一般の生活に関する知識や道徳などは全く関係なく育っている人達なので、なかなかこちらの世界に溶け込むには大変なようです。逆に一般人からユダヤ教徒になる人もいます。

 自分がユダヤ教を学んだラビは一般人の家庭で育ち、13歳の成人式で改心してラビにまで達した人でしたから、一般人の生活にも特に理解が深い方でした。キリスト教に関しても良く勉強されていて、これらの宗教は姉妹関係であり同じ神様を信仰している、それならば宗教家が模範としてお互いに尊重しながら平和に暮らしていくことが重要だとよく言われていました。こんなラビが増えればユダヤ教も変わるかと期待していましたが、残念ながら45歳の若さで他界されてしまいました。

 聖書やタルムードなどの聖典から色々な例え話を持ち出して分かりやすく説明する姿を見た時には、イエスもこのような感じの方だったのだなとふと思いました。こんな素晴らしいラビから教えて貰った中で一番印象に残ったユダヤ教の諺が「トーラーの前に礼儀作法」という諺でした。ラビの説明によると「どんなに偉大な宗教家、政治家、学者、スポーツマンや英雄であったとしても、人間としての基本的な礼儀が欠けているのならば尊敬されるに値しない」という意味です。

​ 日本では「初心に戻る」と言いますが、一歩下がって自分を省みるということは宗教、民族や国家を越えて、世界共通の重要な事だと思います。

*改宗に関する他の記事はこちら:

*男性が頭上に乗せているキッパに関する記事はこちら:

​*おでこと腕に付けるトゥフィリン(祈りの箱)に関する記事はこちら:

*Netflixに接続されている方は、「Unorthodox」(アン・オーソドックス)という4部作ドラマが放送されています。NYで生まれ育った超正統派のユダヤ教徒女性が色々な苦悩と障害を乗り越えて世俗生活に入るというドラマです。作者の実体験をもとに作成された内容で、ユダヤ教徒の世界を垣間見るにはとても興味深い超お勧めの作品です。

熱気球 - ピンク
パイナップルのアイコン - イエロー
包まれたギフト
Wine%20Bucket%20Icon_edited.png
イスラエルのフォトアルバム

© 2020 Saigoaki. All Rights Reserved.