シケムのオリーブ石鹸

 

 石鹸が洗浄剤として使用されているのは数千年かけて知られている。石鹸発明はシュメール人に起源するという人達もいる。石鹸を使用していた聖書の部分もある「たといソーダをもって自ら洗い、また多くの灰汁を用いても、あなたの悪の汚れは、なおわたしの前にある」(エレミヤ書2:22)。一世紀の老プリニヨスによると、フェニキヤ人は既に紀元前6世紀から植物の灰とヤギ乳を沸騰させることによる石鹸の製造方法を知っており、それを販売していた。古代ケルト人もこの技術を知っており、石鹸(サボン)という言葉もケルト語のサイフからきていると考えられてもいる。

 それでも古代では身体を洗うために石鹸が使用されていなかった、何故なら水に浸ったり、油を塗ったり香油を塗ったりしていたからだ。洗濯用には泡立つアルカリ物質を含んだ植物を使用していた。イスラエルではメルヒット、アドアド、オヘルなどの砂漠の塩化植物を1種類又は混合し、それらを焼いた灰=カリと呼ばれる成分を使用していた。アラビア語ではこれらの植物はキリと呼ばれており、化学物質であるカリウムとアルカリを思い起こさせる。シクラメンの球根も洗濯用として使用され、そこからアラビア語では「羊飼いの石鹸」という名がシクラメンに付いている。

 中世初期ではヨーロッパで石鹸製造の技術が一新され、植物の灰と動物の油を混ぜることとなる。地中海に面したフランスとイタリアの町々で製造センターが設立され(サボーナという地名がサボンになったとも)、ドイツでも(中世末期ではフランスやイギリスでも)石鹸製造センターが発展していった。これらの国々の中で主にイギリスでは、石鹸の混合物を沸騰させる為に必要な燃料として炭鉱が開拓され、結果産業革命を起こすこととなる。同時に石鹸製造に必要な脂肪酸は植物からも製造できることが可能となり、特にオリーブオイルをベースとした石鹸の匂いは、動物の脂肪より良い匂いとなった。それにより地中海ではオリーブオ石鹸の製造が発展し、既にイスラエルではオリーブ石鹸が製造されていたことが10世紀の書物に記され、マムルーク王朝やウマイヤ王朝の時代の書物にも記されている。中世後期から近代初期に至るまで、石鹸の消費はとても少なく、風呂石鹸のみで洗濯石鹸という考えがなかった。17世紀にイタリアからドイツに贈り物として風呂石鹸が使用書と共に送られたという記述も残っている。

 石鹸の家庭内製造から工業生産へと革命的な変化をしたのは約2百年前である。その結果石鹸の値段が下がり、高価品から一般会衆の必需品となり、19世紀のドイツ人化学者リビッグの、「国民によって消費される石鹸の量は、国民の豊かさと文化の正確な尺度である」という言葉も頷ける。

 19世紀末からイスラエルの主な輸出品はヤッフォーのオレンジから、イスラエルの独占的な輸出品となった特にシケムの石鹸へと変わっていった。イスラエルの石鹸産業はオリーブオイルがベースとなっている。古代からイスラエルではオリーブ栽培がなされ、オイルは現地の市場用や家庭用として販売された。青銅器時代から海外輸出用として特にエジプトへ輸出されていた。しかしオリーブオイルをベースとした石鹸産業はもっと後の時代の10世紀頃に生まれたと言われており、最盛期はウマイヤ王朝の末期であった。その時代にシケムの石鹸は中東全体に知り渡り、豚の脂肪を含んでいるかもしれないヨーロッパの石鹸を使用したくなかったイスラム教徒達の間で有名になっていった。

 品質ではなく値段では西洋の製品とも十分に競合でき、ウマイヤ王朝全体で販売されることとなる。ヨーロッパや勿論エジプトへも陸路や海路で輸出された。19世紀のイスラエル国内にあった主な4~5大都市の中の3都市の経済は、石鹸産業とその取引によって直接影響を受けていた。特にシケム(製造センター)、ヤッフォー(製造センター、輸出港)とガザだ。オリーブ栽培は北部でも沢山あったが、石鹸産業は主に中央部に集中した。19世紀から20世紀初頭まで、大手の石鹸製造工場が数十か所活動していた。

 製造過程は伝統的な製造過程とほぼ相似しており、主に3つの原料があった。オリーブオイル、植物の灰と水である。添加物として石灰、食塩、ガフェット(燃料用のオリーブオイル製造の廃棄物)や香水エキスである。

 使用されたオリーブオイルは、普段では二回目の絞りで採った質の低いものであった。オリーブオイルやガフェットを使用したことから、石鹸工場はオリーブオイル工場やオリーブ畑の近くに建設された。

 植物の灰と水を混ぜて沸騰させた液体状のアルカリ物質はカリと呼ばれた。アラブ人はそれをキリという名前の植物を集め、乾燥させて燃やし、その灰を石鹸工場に販売していた。普通は1~2週間かかった石鹸製造の化学過程のスピードアップのために、植物の灰に石灰を付け加えることは中世末期から知られており、山中にあった石灰の窯から石鹸工場へ石灰が送られた。重曹が産業生産される方法が発見されてから、伝統的なカリでの石鹸製造が減少し、イスラエルでも苛性ソーダをベースとした石鹸の製造へと移行していく。

 液状の石鹸を床で凝固化し、ライムパウダーで表面を覆い、厚みは販売に適した石鹸サイズによって決められた。凝固化して乾燥したものを糸で石鹸のサイズに切り取り、木製の金づちで商標を刻印した。石鹸は山積みにして乾燥され、約2か月後に販売できる製品へと変わっていった。

シケムのオリーブ石鹸
シケムのオリーブ石鹸
シケムのオリーブ石鹸
*市販されているオリーブ石鹸
ラクダの絵が付いた包装紙の方が有名。ガリラヤ湖のアラブクリスチャンのお店で4個$10、ベツレヘムのお土産屋さんで3個$10くらい。
ポケモンのモンスターボールみたいなデザインの石鹸はエリコで3個$10くらい。​