イスラエルの祝祭日

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 イスラエルの祭日はユダヤ暦に沿って行われるため、太陽暦とは毎年10日間くらいのずれが出てきますが、19年に7回閏年を設けて調整しています。よって毎年の祝祭日がいつになるかは色々なサイトがインターネットで検索できますので、旅行前にご確認ください。

(一例:ジェトロ https://www.jetro.go.jp/world/middle_east/il/holiday.html

 祭日は主に聖書に出てくる宗教祭と、歴史的な出来事に沿ってできた歴史祭との二つに大きく分けることができます。まずは三大祭りと呼ばれるものがあり、「年に三度、男子はみな主なる神、イスラエルの神の前に出なければならない」(出エジプト34:23)と書いていることから3巡礼祭と呼ばれてもいます。

 三大祭と宗教祭に関して:

●ペーサッハ(過越し祭)

​ イスラエルの民が出エジプトする前にエジプトに10の災いが起こり、最後に長男だけが死ぬ長子の死が起きます。その時には神様からの命令でイスラエルの民は戸口の柱に犠牲の子羊の血をヒソップで塗り、災いが過ぎ去るまで家の中にいた(出エジプト12:22)ということから過越し祭という名前が付いています。その後イスラエルの民はパンを発酵させる時間もなくエジプトを出発したので、このお祭りの7日間は種無しパンを食べたり、麦を発酵させたパン、ビール、ウイスキー、クッキーやパスタなどはお店の棚から姿を消すことになるのです。

 家の中にもそれらを残してはいけないので、日本の年末のような大掃除が行われます。そして前夜祭では家族や親戚が集まって大きな夕食会が持たれ、特別なハガダーと呼ばれる祈祷書に沿って出エジプトの話を思い起こしながら後世の子供達に伝えていくということが習慣となっています。夜の19時くらいか始めて終わるのは夜中零時くらい、イエスの最後の晩餐もこれと同様です。

 現在では1日目と7日目が祭日になっているのでユダヤ教関係のお店、公共施設、公共機関は全て閉鎖されます。前夜祭当日は金曜日のように半ドンとなり、中日は公共施設(市役所、学校など)がお休み、銀行も半ドンということになります。観光地も日によって開いている時間帯が変わったりしますので、事前にHPなどで調べることをお勧め致します。ちなみに嘆きの壁には行けますが写真撮影は禁止。イスラム教の岩のドームは警察が入口の検査を休むので入場できません。キリスト教では棕櫚の主日や復活祭などがあるので一部の教会が閉まっている時があります。

 お祭りの三日目が大祭司の祝福の日となっており、その祝福を受けようと信者達が2~3万人ほど嘆きの壁に集まります。その日は旧市街に近づかないか、行けても嘆きの壁まで近づけないくらい混みますのでお気を付け下さい。

律法に沿った過越し祭:完全ガイドの記事はこちら:

*前夜祭の食事の記事はこちら:

●シャブオット(初穂の祭、七週の祭)
 「あなたの土地の初穂の最も良い物を、あなたの神、主の家に携えてこなければならない」(出エジプト23:19)ということから初穂の祭と呼ばれ、初めて収穫されたものをエルサレムの神殿にいる祭司に捧げた神殿参拝のお祭りです。他にも七週の祭り(出エジプト34:22)と呼ばれており、過越し祭の二日目から50日目となることから、キリスト教ではその日をペンテコステ(50日の意味)とし、120人の弟子達の上に聖霊が下った五旬節の日(使徒行伝2:1)も初穂の祭で起きた出来事だったことが分かります。

​*シャブオット祭の詳細はこちら:

●スーコット(仮庵の祭)

 「あなたがたは七日の間、仮庵に住み、イスラエルで生まれた者はみな仮庵に住まなければならない」(レビ23:42)。出エジプト後にイスラエルの民は40年間荒野を放浪することになり、イスラエルの民が住んでいたテント(スッカー=仮庵)を建て、その中で7日間衣食住しながら後世の子供達に当時の様子を伝えていくという習慣があります。レストランにもスッカーが建てられてその中で食べることも可能なので、どういうものかを実体験することもできます。

 このお祭りも過越し祭と同様に1日目と7日目が祭日となっており、3日目に大祭司の祝福があります。観光地の開いている時間帯はHPで事前に調べることをお勧め致します。

​*スーコット祭の詳細はこちら:

●シムハット・トーラー(律法伝授の日)

​ 前述の仮庵の祭が終わった翌日が律法伝授の日となります。この日はモーセがシナイ山で神様から十戒を授かった日とされ、365日かけてトーラーと呼ばれるモーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)を読んでいます。律法伝授の日に申命記の最後を読み終えて創世記の第一章一節からまた読み始めます。この日は信者達がトーラーを抱えて踊りでその喜びを表しているのが各地のシナゴーグ(ユダヤ教教会堂)で見ることができます。

*律法伝授の日に関する記事はこちら:

●ロッシュ・ハシャナー(新年祭)

 「イスラエルの人々に言いなさい、七月一日をあなたがたの安息の日とし、ラッパを吹き鳴らして記念する聖会としなければならない。」(レビ23:24)と書かれており、ニッサンの月から数えて七か月目がティシュレイとなるので、その月に新年祭が行われます。聖書には一日だけ新年のことを書いているのですが、実際には二日間お祝いする習慣となっています。これも新月と共にお祝いすることとなり、二千年前はサンヘドリン(ユダヤ最高議会)に2人の証人達が新月を証明すると、サンヘドリンが新月を祝福した後にそれを伝達するためにかがり火が灯されていきました。ただエルサレムより遠い地では伝達が遅れることもあり、皆がお祝いできるように二日間となったのです。

 前夜祭当日は半ドン、祭日当日は公共機関や施設はお休みとなります。ただ観光地ではユダヤ教でも開いているところがあるので、事前にHPで開いている時間を調べることをお勧め致します。

 習慣としては甘い新年が来るようにと願ってリンゴに蜂蜜を付けて食べたり、白人系ユダヤ人(アシュケナジー系)では、ドイツ鯉の頭を家長が食べるということがあります。

●ヨム・キブール(大贖罪日)

 「特にその七月の十日は贖罪の日である。あなたがたは聖会を開き、身を悩まし、主に火祭をささげなければならない。」(レビ23:27)。この日は一年で最も聖なる日とされており、一般の人達でも車に乗りません。一年間犯した罪を断食しながら嘆きの壁やシナゴーグで徹夜でお祈りし、神様に許してもらうという特別な日になっています。二千年前の第二神殿時代では、大祭司が潔白を表す白い服を着て神殿内にあった至聖所(神の部屋)に入り、もし生きて出てきたら罪が許され、死んでしまえば許されなかったと解釈していました。

 余談ですが私の以前住んでいたアパートの隣人がエルサレム・マフィアのボスの一人でした。日本で以前流行っていた駅前の露天商をやっていた外国人は殆どがイスラエル人で、その大本をやっていたので毎月日本へ行っては現ナマを集めていたようです。エレベーターで会うたびに札束を見せてくれていましたし、車はベンツのスポーツカー、奥さんは三菱パジェロを現金で買ったと言ってました。こんな悪者も大贖罪には白い服と白いキッパ(頭の帽子)を被ってシナゴーグで粛々とお祈りをし、翌日からまた悪行に手を染めているのをこちらは白い目で見てました。

 前夜祭当日の午後からラジオ、テレビ、空港や国境もストップし、ユダヤ人居住区のお店は全て閉まっていますし、大きな町では道路も封鎖して車で侵入できないようになっています。またこの日にユダヤ人の居住区に車で走るものなら直ぐに投石を受けますので、間違って入らないようにくれぐれも気を付けてください。もし観光を続けたいというのならば、エルサレムでは歩いて旧市街(オリーブ山、イスラム教地区、キリスト教地区、東エルサレムなど)を中心に観光をすることができますし、ナザレやカナなどのガリラヤにあるパレスチナアラブ人の町では普通に車でも観光可能ですが、ガリラヤ湖付近の教会は全て閉鎖しております。アラブ人のお店は開いていますので、そちらで食事や買い物をすることも可能です。大贖罪日が見たいという強い願望がない観光客には、この日は避けることをお勧め致します。

*​大贖罪日の詳細な内容に関する記事はこちら:

*​他の断食の日に関する記事はこちら:

 ここからはお祭りでも歴史的出来事に沿って決められたお祭りなので、学校は休みになっても仕事は休みにならないお祭りです:

●ラグ・バオメル(オメル33日目)

 ハドリアヌス帝の統治下で起きたユダヤ人のローマに対する第二次反乱(132~135年)中に、反乱軍の一部であったラビ・アキバが率いる戦士達が疫病で倒れ始め、やっと33日目に疫病が止まったという奇跡を記念したお祭りになっています。習慣としては子供達が焚火を徹夜で行うということがあり、唯一徹夜が許される日なのでマシュマロやサツマイモを焼いて友達と楽しむということをやっています。ただ煙が外に蔓延していますので、窓は閉めて寝ることと、洗濯物は干さないように気を付けてください。

●ティシュアー・ベアブ(神殿崩壊日)

 紀元前586年にバビロンによって破壊された第一神殿、西暦70年にローマによって破壊された第二神殿は同じこの日に破壊されたというのがユダヤ教の伝承です。この日も断食となっており、娯楽に関係した施設(レストラン、バー、映画館など)は全て閉鎖されてしまいます。アラブ人のお店は開いておりますので、そちらでの買い物や食事は問題ありません。

 

*​神殿崩壊日に関する記事はこちら:

●ハヌカ(光の祭)

 ギリシャの支配に置かれていた聖地を紀元前167~160年にマッカビーという家族が立ち上がってギリシャに反乱を起こし、エルサレムの神殿を占領してハスモン王朝というユダヤ人の独立王朝を築きました。神殿の中にはメノラ―と呼ばれる七本の燭台が置いてあり、普段は絶えない火が灯されていたのですが、ギリシャ人によってそれも消されていたのです。神殿内を浄め、メノラ―に火をつけようとしたら油が1日分しか残っていませんでした。仕方がないのでまずは火を灯し、直ぐに使者をガリラヤへ遣わして燃料となるオリーブ油を持ってこさせるように命令をしたのです。ただエルサレムからガリラヤまで片道4日間の旅路、どんなに急いでも8日間はかかります。しかしその時に1日分の油で8日間燃え続けたという奇跡が起き、それをお祝いするのがハヌカ祭となっています。

 このお祭りではハヌキヤと呼ばれる9本の燭台を使用します。8本は燃えた日数、もう9本目は種火です。これを窓の近くに置いて、祈祷を捧げながら子供が毎日一本ずつロウソクを増やして火を灯します。ハヌカに関する子供の歌も多いですし、この8日間はスフガニヤと呼ばれる特殊なドーナッツを食べる習慣があります。

​*ハヌカ祭に関する記事はこちら:

●トゥ・ビシュバット(樹木の新年)

 ユダヤ人の口伝律法であるミシュナーに言及されています。歴史的に何か事件が起きたわけではありませんが、雨季が終わって春が来る新芽の到来と結び付けて作ったお祭りと思われます。今日では植樹の日とされており、イスラエル独立以前からユダヤ基金という団体が植樹をしていました。植樹という行為はユダヤ教でも聖なる行為として見られており、「アブラハムはベエルシバに一本のぎょりゅうの木を植え、その所で永遠の神、主の名を呼んだ」(創世記21:33)と記されていることから、アブラハムが初めて聖地で植樹したユダヤ人なのです。

 この日にはイスラエル全国の子供達が植樹をしたり、海外に住んでいるユダヤ人もユダヤ基金に寄付すれば植樹できるようになっています。植樹をすることでいつかは自分もこの地に戻って住みたいということを願っているのです。イスラエルが独立してから現在に至るまで、既に2億4千万本以上の木が植えられています。

●プリム(仮装祭)

 このお祭りはエステル記に記されているように、アハシュエロス王(クセルクセス王)時代にバビロン捕囚であったユダヤ人達を皆殺しにしようと計画したのが大臣であったハマンで、その計画を知ったエステルが自分の美貌を利用して王に近寄り、計画を暴露してハマンを死刑にさせたという歴史的事件をお祝いするお祭りです。

 「すなわちこの両日にユダヤ人がその敵に勝って平安を得、またこの月は彼らのために憂いから喜びに変わり、悲しみから祝日に変わったので、これらを酒宴と喜びの日として、互に食べ物を贈り、貧しい者に施しをする日とせよとさとした。」(ルツ9:22)。この日はシナゴーグでルツ記を朗読し、ハマンの名前が46回出てくるとガラガラを鳴らして聞こえないようにします。普段は泥酔しないユダヤ人達も、この日だけは大騒ぎして飲みまくります。

 子供達にとっては仮装をするお祭りなので、その年に流行ったテーマで仮装した子供達が数多く歩いている姿が可愛らしいです。夜になると大人も仮装してバーで飲んでいたり、お祭りの最終日である二日目には町々でパレードが行われたりしています。当時城壁を持っていた町では一日だけ、それ以外の町や国外では二日間お祝いすることとなります。

​*プリム祭に関する記事はこちら:

●ヨム・ハジカロン(戦没者記念日)

 独立記念日の前日は戦没者記念日となっています。独立から現在に至るまで2万3千人以上の人達が戦死しており、彼らを記憶するという意味でヨム・ハジカロン(直訳で記憶の日)と呼ばれています。この日も前夜から娯楽関連施設は閉鎖され、当日は遺族がお墓参りしたり、戦友達が遺族を慰問する日になっています。

 戦没者記念日が独立記念日の前日に行われるのは、今ある国や平和は誰からも貰ったものではなく、先代達が闘って勝ち取ったものだということを後世の子供達に教えるためであり、楽しいことの前に悲しいことを忘れず、また悲しみのために喜びも倍になるという意味を持っています。前夜の20時に1分間のサイレン、当日11時に2分間のサイレンが鳴り、その時には車に乗っている人達も車を止めて外に出て直立の姿勢で黙想する姿が見られます。騒々しい街中の人波が突然止まって黙想する姿は一種感動する光景です。

●ヨム・ハアツマウート(独立記念日)

 1948年5月14日にイスラエルが独立宣言をしましたが、ユダヤ暦では5708年イヤールの月5日となります。前夜では街中が道路封鎖され、ステージなども開かれて生バンドが聞けたり、夜には各地で花火が打ち上げられます。プラスチック製の金づちでお互いに頭を叩きあったり、泡スプレーを顔にかけてきたりと、喧騒が嫌いな方は家で静かに過ごす方が無難かと思います。独立記念日が近づいてくると家のバルコニーなどに国旗が掲げられますし、交差点でも車の窓に付けられる国旗が販売していて、車に国旗を付けて走る光景も数多く見られます。青と白の国旗で町が染められるのを見ると、愛国心が強く自分達の国に誇りを持っているのが理解できます。近年では記念日当日には家族や親戚揃って森や公園でバーベキューをするのも習慣の一つとなっています。洗濯物には気を付けてください。

●ヨム・ハショアー(ホロコースト記憶日)

 ニッサンの月27日がナチによって殺害された6百万人のユダヤ人達を記憶する日となっています。この日も前夜から娯楽関連施設が閉鎖したり、テレビ放送の内容もホロコーストに関連した番組しか流れません。記憶日当日の10時に1分間のサイレンが鳴り、前述の戦没者記念日と同様に直立姿勢で黙想します。

*世界のユダヤ人人口に関する記事はこちら:

●ヨム・イェルシャライム(エルサレム統合記念日)

​ 1967年に起きた第三次中東戦争、イスラエルで言う六日戦争でイスラエルはアラブ三か国に対して六日間で勝利するという圧勝で、北はゴラン高原、南はガザとシナイ半島、中央は東エルサレムを含んだ西岸地区を手中にします。イスラエル独立から19年間エルサレムはヨルダンと二分され、旧市街はヨルダン領としてユダヤ人は嘆きの壁に祈ることも禁止されていました。19年ぶりに聖地を奪還し、旧市街にあったユダヤ人地区を復活させたのです。それを記念したのがこのお祭りで、この日には全国の若者たちがエルサレムを行進しながら練り歩きます。色々な道路が封鎖されますので、この日は余り車で市内を移動されない方が良いかと思います。路線バスのコースも変更しますので、自宅でのんびりしている方が無難です。

*​国別のユダヤ人がお祝いする特殊な祭日の記事はこちら:

 非公式な祭日(前編)

 非公式な祭日(中編)

 非公式な祭日(後編)